ChatGPT時代の社会科学 - 新たな経営論の構築に向けて -

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April 27, 24

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直前にアップした「生成AIは社会(とそれを研究する社会科学)にどのような影響を与えるか?」の付属資料です。

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定年まで35年間あるIT企業に勤めていました。その後、大学教員を5年。定年になって、非常勤講師を少々と、ある標準化機関の顧問。そこも定年になって数年前にB-frontier研究所を立ち上げました。この名前で、IT関係の英語論文(経営学的視点のもの)をダウンロードし、その紹介と自分で考えた内容を取り交ぜて情報公開しています。幾つかの学会で学会発表なども。昔、ITバブル崩壊の直前、ダイヤモンド社からIT革命本「デジタル融合市場」を出版したこともあります。こんな経験が今に続く情報発信の原点です。

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各ページのテキスト
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ChatGPT 時代の社会科学 - 新たな経営論の構築に向けて - B-frontier 研究所 高橋 浩 要約 生成 AI はまだ欠陥を残しているにも関わらず、 “人間に成りすませる”特異な特性によって 社会に深刻な影響を与えると想定されている。本稿は、このような認識の元に、示唆に富む2 つの実証研究の紹介を通じて人間と AI の特性を比較し、これに基づいて将来の人間の問題解 決能力の位置づけを図示する。そして、これに連動させて「社会科学のための AI」と「AI の 社会科学」という分類で関連知見を整理し、ここから新たな経営論構築への方向性を考える。 キーワード ChatGPT、生成 AI、人間生成ソリューション、AI 生成ソリューション、社会科学のための AI、AI の社会科学 1.人間生成ソリューション vs AI 生成ソリューション・・事例1 将来の人間の位置づけを考察するため、人間と生成 AI の新規性と価値に対する能力比較の 実験が行われている(Boussioux , 2023)。問題設定は「持続可能な循環経済におけるビジネス チャンスにはどのような可能性があるか?」で、研究推進元は AI 企業、オンラインマーケッ トプレース企業と提携してプラットフォームを形成し、人間および AI によるソリューション 生成を行った。結果、人間生成ソリューション 310 件、AI 生成ソリューション 730 件を生成 した。その内、AI 生成は通常のプロンプトによる生成(マルチ)と一度に一つづつ連続して生成 するシングル生成が半々で ある。別途オンラインで評 価者を募集し(300 名)、彼 等によって人間、AI 生成の 由来を伏せてソリューショ ン評価を行った。評価尺度 は新規性、価値(環境価値 と財務価値)とし、次の結 果を得た(図 1)。 ・人間生成は AI 生成より新規性が 図 1. 人間と AI のソリューション比較 高いが、AI(シングル)は人間生成の水準に近づいている。 ・人間生成は AI 生成より価値が低い。AI 生成(シングル)による影響もない。

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2.新たな技術フロンテ ィアのナビゲーショ ン・・事例2 現実の仕事は一タスク で完了するほど単純では なく複数タスクを含むワ ークフローで構成される。 そして含まれるタスク には生成 AI が得意なタ スクと人間が得意なタスク 図 2. 生成 AI 内と生成 AI 外の 3 形態による品質、正確性比較 が混在していることが多い(図 2 左)。このような状況に着目し、生成 AI 内タスクと生成 AI 外タスクを個別に設計し、高度スキル知識労働者(BCG のコンサルタント 758 名)による大 規模な実証研究がある(Dell'Acqua, 2023)。被験者はまずプロフィール、社内での役割などの アンケートに答えた後、2 種類のタスク(内、外タスク)の一方をランダムに割り当てられ、 第 1 フェーズでは既存の方法(AI 支援無し)で課題をこなす。次に第 2 フェーズでランダムに 次の 3 種のアクションを指示され、それに従って課題を継続する。1. そのまま(AI 支援無し)、 2. GPT-4を使用、3. GPT-4 使用だが特別の支援を受ける(プロンプトエンジニアリングの支 援、更に効果的戦略のガイダンスなど)。 特に生成 AI 外の、簡単には AI で完了できないタスクについては、競争が激しいことで知ら れる就職面接に使用されるビジネスケースで、関係者へのインタビューが必須の内容が盛り込 まれている。評価尺度は品質(作業の効率性)と正確性で結果はつぎのようであった(図 2)。 ・GPT-4 を使用すると成果は圧倒的で、GPT-4 使用 2 形態平均で 40%効率(品質)が向上した。 ・GPT-4 を使用すると、AI 支援無しと比較して平均して正解率(正確性)が 19%減少した。 生成 AI 外タスクに対して無理に生成 AI 使用にこだわると不正確性を拡大させる、あるいは 適切な認知能力が欠如している場合、AI の出力を盲目的に採用する傾向があると思われる。 3.人間の問題解決能力の位置づけ この 2 つの事例から、生成 AI 適正スコープ内タスクと生成 AI 適正に無理があるタスクを巧 みに使い分けるにはどうすればよいかという問題が浮上する。これは「AI と人間の共存」とい う将来の一般的ビジョンを超えて、生身の人間が如何に個々の業務やイノベーション要件に取 り組むべきかという問題に繋がる。この問題を考えるため、2 事例を踏まえて AI に有利な領域 と人間に有利な領域を図示する(図 3)。今後に向けては次の3つの視点が重要になる。 ① 対象(社会)を知る:循環経済(事例 1)に類する他の対象物を研究、「簡単には AI で完了で きないタスク」(事例 2)のような特定業務を見出す、など ② AI を知る:各種の社会科学的知見(心理学など)で AI エージェント自身の特性を明確化

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③ 自ら(人間)を知る:AI と差別化しう る人間の本質的特性を明確化 4.新たな経営論に向けて このような視点は、社会科学と AI の 関係性を考えることと捉えられる。生成 AI の進化は速く、潜在的影響は深刻であ るため、その影響を理解するには学際的 レンズが必要である。そのレンズの中核 図 3. AI 領域と人間領域の区分 (著者作成) はコンピュータを活用した社会科学であろう(Bail, 2023)。このような視点で社会科学と AI の 関係性を見ると、社会科学者の AI 活用に焦点を当てた「社会科学のための AI」と AI 自身の 特性を社会科学分野毎に取り上げた「AI の社会科学」の 2 側面が考えられる(図 4)(Xu, 2024)。 前者は①に相当し、社会への AI の影響を考える一般的視点である。一方、AI の知識レベル や特性を社会科学分野毎に取り上げる後者は②に対応する。この分野は認識が遅れているが、 生成 AI は、人間と同等あるいはそれ以上の認知能力、論理的推論、言語能力を示しており、 現実にこのような AI エージェン トによって構成されるコミュニテ ィは人間社会に実在している。現 状での心理学、社会学、経済学、 政治学、言語学視点からの研究の 一端を表1に示す。 最後に③は、図 3 で想定する新 規性、正確性だけでなく、注意力、 創発力などの人間の特性を、より 新しい視点、例えば、本質的に人 図 4.「社会科学のための AI」と「AI の社会科学」 間のどの側面(直観に対する本能的 表 1. 能力、領域固有の専門知識、文脈 の微妙な理解、など)が、AI が進 歩し続けても明確な優位性を持ち 続けるのか?から再評価する必要 がある。これは、例えば、人間は “時間の余裕”が保証されれば、 其れが直に創造的な気づきを増大 させることにつながるのか?など の基本的問いかけとも関係する。 AI エージェントの社会科学毎の研究状況

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このような中で、経営論は個人の問題を超えて集団(組織)の存続に関わるテーマなので、よ り難しくなる。今後に向けては下記なども考慮する必要がある。 ・個々の専門家が担当するワークフローで、一部のタスクは生成 AI 境界内、一部のタスクは 生成 AI 境界外の状況で全体バリューチェーン最適化を行うためには、境界内/境界外を巧み に立ち回る経営的戦略が必要である。これは何時、どのような場面で生成 AI を信頼できる と判断するか?(あるいは判断できるか?)の課題を引き起す。 ・この戦略は、生成 AI を一種の疑似人間(エージェント)と見做している以上、人間側にも生成 AI と如何に巧みに連携するかのスキル(AI リテラシー)を必要とする。そして AI リテラシー スキルのレベル(上位スキル保有者、中位スキル保有者、低位スキル保有者、など)に応じて 戦略には違いが生じる。 ・それとともに、イノベーション要件の性質、人間の性格も関係する複雑な状況が登場する。 検討は初期段階にあるが、新たな経営論を考える上での方向性の例を最後に述べる。 1. 何を人間主導、何を AI 主導とするかの判断基準や考え方の整理(単に生成 AI の“幻覚”を あげつらうのではなく、生成 AI、人間を同水準で見た場合の整理) 2. 適切なバランスを確保するために人間と AI の間に存在する共通部分(図 1, 図 2 が示唆)を 活用するためのアイディア抽出(生成 AI ベースのプラットフォーム理論の再構築、など) 3. 複数タスクを一貫したプロセスとして実施するような、現実的取り組みに対応した、AI、 人間合同の作業プロセス論の構築 4. 生成 AI の急速な変化を経営や組織変革に組み込み可能な柔軟な組織論と、このような状 況に人間(従業員)が対応可能な新たなダイナミックケイパビリティ論の構築 5. 組織内に人間と AI エージェントが共存する状況におけるリソースベーストビュー理論や コースの定理の見直し 6. 新たな環境への対応を旗振りする人材の発掘や育成法、など 参 考 文 献 Christopher Bail, (2023) Can Generative Artificial Intelligence Improve Social Science?, SocArXiv. Léonard Boussioux et al., (2023) The Crowdless Future? How Generative AI Is Shaping the Future of Human Crowdsourcing, Harvard Business School . Fabrizio Dell'Acqua et al., (2023) Navigating the Jagged Technological Frontier: Field Experimental Evidence of the Effects of AI on Knowledge Worker Productivity and Quality, Harvard Business School Technology & Operations Mgt. Unit Working Paper . Ruoxi Xu et al., (2024) AI for Social Science and Social Science of AI: A Survey, Information Processing & Management 61 (3) , 103665.