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April 02, 26
スライド概要
2022年11月にChatGPTが登場してから、2024年頃までにChatGPT普及は全世界で一巡していた。そして、広範な普及以前に生成AIに関する先行的論考が相次いで発表されていた。そこで、先行的論考の主張がどれほど正しく将来を予測していたかを検証するのは興味深い。進んだデジタルインフラを保有する国(米国、デンマークなど)では、実際、どのような属性の人がどの程度生成AIを利用しているかのデータが大量に収集できるようになった。そして、それらのデータに基づく論文が2025年から発表されている。今回は、このような状況を踏まえ、最近の分析論文と先行著名論文を比較検討することで今後の生成AI活用について考えてみる。
定年まで35年間あるIT企業に勤めていました。その後、大学教員を5年。定年になって、非常勤講師を少々と、ある標準化機関の顧問。そこも定年になって数年前にB-frontier研究所を立ち上げました。この名前で、IT関係の英語論文(経営学的視点のもの)をダウンロードし、その紹介と自分で考えた内容を取り交ぜて情報公開しています。幾つかの学会で学会発表なども。昔、ITバブル崩壊の直前、ダイヤモンド社からIT革命本「デジタル融合市場」を出版したこともあります。こんな経験が今に続く情報発信の原点です。
GPTは労働市場にどのような影響を与えるか?(改) GPT普及後のリアルデータ分析結果の先にあるもの B-frontier 研究所 高橋 浩
目的 • 2023年7月に公開した「GPTは労働市場にどのような影響を 与えるか?」では、注目の2論文*を紹介した。 • 論文1:巧みな状況設定によって知識産業従事者がChatGPTを 使用した際の生産性向上効果を捉えた実験の報告論文 • 論文2: Open AIメンバーが中心になって(技術的課題ではな く)ChatGPTが労働市場に与える影響を論述した論文 * 2論文は2023年にSSRN, arXivという未査読論文公開サイトで発表された。論文1は引用件数32回, 論文2は69回であった。その後、両論文はScience誌に再録され、現在では、論文1は2465回、論 文2は2044回の引用と、文字通り生成AIの労働市場への影響を論じた代表論文となった。 • 但し、生成AI本格普及前の論考なので、その後の生成AI普及後の リアルデータに基づく分析との比較検証が望ましい。 • このような認識から、本稿は普及後のリアルデータに基づく代表 的論考と比較することで、今後について考えることを目的とする。 2
新旧論考の比較結果(要約) 1. 生成AI導入による時間短縮効果(実験では約40%短縮)は企 業組織全体としては観測されなかった。 2. 生成AI利用は成績劣位者に有利で格差が縮むとされて来た が、実際には労働者間の既存格差は拡大する傾向にある。 3. 生成AI利用は職場と職場外で相違が極めて大きかった。且 つ、そのどちらでも女性の利用は男性に比して低かった。 4. 生成AI利用に長けた人は登場しているが、彼らの賃金が上 昇しているとの事実は見いだせなかった。但し、彼らの職 場移転の比率は高まっていた。 3
目次 1. 2. 3. 4. はじめに – 既紹介論文の概要 生成AI普及後の分析論文の紹介 既紹介論文との比較考察 今後に向けた示唆 4
1.はじめに -既紹介論文の概要 「GPTは労働市場にどのような影響を与えるか?」で紹介の論文概要を記す。 論文1:ChatGPTはどこまで生産性を向上させるか? “Experimental Evidence on the Productivity Effects of Generative Artificial Intelligence” by Shakked Noy, Whitney Zhang • 実験プラン • 主な結果 • 結果のまとめ、今後に向けた示唆、など 論文2:ChatGPTは労働市場にどのような影響を与えるか? “GPTs are GPTs: An Early Look at the Labor Market Impact Potential of Large Language Models” by Tyna Eloundou et al. • 問題認識 • 分析手法 • 主な結果 • 結果のまとめ、今後に向けた示唆、など 5
論文1 実験プラン 生成AIによる生産性向上の測定 • 基本プラン: ① 代表的専門分野毎にモデルタスクを設計する。 • 知識産業職種:マネジャー、人事専門家、助成金作成者、マーケティング担当者、 コンサルタント、データアナリスト ② このタスクの実施者を広く募る。 • 社会科学研究の調査プラットフォームProlificを利用 • 実施者選定:対応者を募り数万人から回答。その中から専門家444人を選定 ③ 選定された人が本気になって作業してもらうのに充分なインセン ティブを設計し、次の方法で実施する。 • 実施者に2つのタスクを依頼(それぞれ20~30分相当のタスク) • 2番目のタスク実施前にランダムに対象者を2グループに分割 • Aグループ:ChatGPTへのサインアップを指示(2番目タスク実施前に使用法確認の時 間を与える)⇒ChatGPT使用を許可する。 • Bグループ:1番目と同じ方法で実施を指示 6
主な結果 結果1:時間短縮と成績向上 実施時間の短縮 実施時間の短縮 • Aグループ(ChatGPT使用)では2 番目タスクの実施時間が大幅 に短縮した。 1番目タスク 2番目タスク Aグループ 30分 17分 Bグループ 29分 27分 Aグループ:Treated Bグループ:Control Aグループ Bグループ 1番目タスク 1番目タスク 2番目タスク 2番目タスク 平均的な成績の上昇 Aグループ Bグループ – 作業時間は約40%短縮 • 成績の評価でもAグループは平 均して成績が18%向上した。 1番目タスク 2番目タスク 7
結果2:作業高速化と作業品質改善 • Aグループ2番目タスクの時 間短縮効果と成績向上効果は 特定部分に限定されていな かった。 時間分布全体が左にシフト (全作業が高速化) 2番目タスクの実施時間分布 Bグループ:Control Aグループ:Treated 2番目タスクの所要時間(分) 2番目タスクの成績分布 成績分布全体が右にシフト (全作業品質が向上) Bグループ:Control Aグループ:Treated 2番目タスクの成績 8
結果3:成績不平等の縮小化 成績(生産性)の不平等の減少 成績(生産性)の不平等の減少 1番目タスクの評価(横軸)が2 番目タスクの評価(縦軸)でどう 変わったかのマッピング • Aグループ参加者全員がほぼ Bグループのトップと同様 の成績にシフトした。 2番目タスクの成績評価 2番目タスクの成績評価 • Aグループ(ChatGPT使 用)参加者間の生産性の不 平等が劇的に縮小した。 1番目タスクの成績評価 1番目タスクの成績評価 Bグループ:Control Aグループ:Treatment 9
結果のまとめ、今後に向けた示唆、など • 中級レベル以上の専門家が専門的タスクをChatGPTを使用して実施 した結果、 ① 生産性が大幅に向上した。 ② 能力のより低い担当者においては作業時間の短縮と出力品質の向 上の両方が達成された。 ③ 一方、能力のより高い担当者においては作業時間は大幅に短縮さ れたものの品質は既存水準を維持する程度に留まった。 ④ ChatGPT は生産性の分布を大幅に圧縮させた。 ⑤ その結果、担当者間の生産性の不平等が軽減された。 • これらの結果、潜在的には労働者の需要減少を引き起こす。 • 但し、実験はその性質上、選択した職務に対する ChatGPT の直接 的かつ即時的影響のみを捕捉している。 10
論文2 問題認識 はじめに • AIが成長を押し上げるとは思われていたが、AIと労働間の関 係は従来明確ではなかった。 • 2018年、AIと労働の関係をより深く理解する提案が行われた。 • AIの進歩をさまざまな職業能力に結び 付ける。 • そのために、電子フロンティア財団 (EFF)AI Progress Measurementデータベースと • 米国労働省の職業情報ネットワーク (O*NET)データベースを結びつける。 11
この提案に基づく新たな分析の基本的考え方 • 電子フロンティア財団AI Progress • 米国労働省の職業情報ネットワーク (O*NET)データベース Measurementデータベース • 様々なAIカテゴリーに関わるタスクの AI • 米国の職業の定義を提供する包括的データ ベース パフォーマンス進捗を追跡することを目 的としたパイロットプロジェクト • 1990 年代以来、約1000の職業の性質の変化 に応じて最新の情報を提供するデータベース • 機械学習に焦点を当てたブログ投稿や を開発、維持 Web サイト、学術文献、レビュー記事などの データを利用して進捗を監視 • 個人要件、個人特性、経験要件、職務要 件、労働市場の状況の情報など • 様々なAIに関わる最先端のパフォーマン ス メトリクスを 集約する初の統合デー • 52 の異なる能力のリストも管理しており、各 タベース作成を目指す。 能力が関連する職業も提示 両データベースを突き合せればAIと労働の関係に知見が得られるハズ! 12
分析手法 論文2はO*NETデータベースの情報を元にGPT-4を使って直接結果を導 出する方法を採用した。 ① AIが労働に関係するとはどうい う状態かを定義する。 少なくとも時間を50 %短縮できるかど うかを指標とする。 ② GPT-4が探索に使用するルーブ リック(プロンプトのようなもの)を O*NETデータベース構造を意識 して設計する。 まったく短縮されない/最小限しか短縮 されない/半分以上短縮されるの3種 に分類する。 ③ GPT-4の結果を検証するのに相 応しい同時実行の人間の作業を設 計する。 GPT-4による探索と人間による探索 の優位性を定義する。 13
主な結果 結果1:GPT-4 と人間の影響度評 価は類似していた 生の散布図 GPT-4による評価 GPT-4による評価 ビン散布図 人間による評価 人間による評価 • 職業別の LLM影響度調査において、人間の評価と GPT-4 評 価は高度に一致していた。 14
結果2:経済全体に渡る影響度合いの 強度を示した 職業のパーセンテージ GPI への職業の影響度合い 〇 α (人間) α(GPT-4) β(人間) β(GPT-4) ζ(人間) ζ(GPT-4) LLMに影響されたタスクの最小パーセント • 多くの職業が影響を受けることが確認された(縦軸は職業の 推定パーセンテージ、横軸は影響度合い のパーセンテージ)。 15
結果3:影響が最も多い職業を抽出した • 最も影響が大きい職業を5個 づつ示す(右図)。 • 影響度合い率(%)は、GPT-4 または人間によって3タイ プ(αβζ)対応に影響される タスクの割合を示す。 • これらの職業は、GPT-4 お よびそれを利用したソフト ウェアによって大幅な時間 節約ができる。 • 高度の知識作業に従事する 職業の方が影響が大きい。 16
結果のまとめ、今後に向けた示唆、など • 生成AIによる効果を時間短縮(半減)に絞り網羅的に職業/タ スクを評価した結果、幅広い分野がAIの進歩に晒されているこ とが分かった。 • これは人間の代替、あるいは人間の強化を不問にした評価だが、 広範に渡るため、これを具体化する検討が強く迫られる。 • また、LLM活用を一層進展させるアプリケーション開発を加え た評価は、時間短縮効果に限定しても適用範囲を大幅に拡大さ せていることが分かった。 • 従って、LLM活用は単にGPT-4利用やAPI利用に留まらず、 LLMを基本パーツとして、これを活用するアプリケーションや 統合システムの検討/開発が重要であることを示唆する。 17
2.生成AI普及後の分析論文の紹介 • 次に、2節では生成AIが広範に普及した2024年以降の、リアルデー タに基づいて生成AIの利用状況を分析した論文を3件紹介する。 論文3:ChatGPTの普及状況の不均等さは、労働者 間の既存の不平等をさらに悪化させる “The unequal adoption of ChatGPT exacerbates existing inequalities among workers” by Anders Humlum, Emilie Vestergaard 論文4:大規模言語モデルと小規模な労働市場への影響 “Large language models, small labor market” デンマー クの統計 局と連携 した論文 by Anders Humlum, Emilie Vestergaard 論文5:生成AIの急速な普及 “The rapid adoption of generative AI” by Alexander Bick et al. 米国大手調査会社 Qualtricsのデー タを活用した論文 18
論文3 実験プラン 生成AI普及後の生産性の測定 • 問題認識: • 生成AIを導入した人々は自分の仕事にどのように影響すると予想しているのか? • 何故一部の人々は生成AIを利用し、また、他の人々は生成AIを利用しないのか? …のような生成AI活用に関わるメンタルな側面まで明らかにすることを目標とする。 • 対象: • 2023年11月から2024年1月にかけて、生成AIの影響を受けたデンマークの11職 種の労働者10万人を対象とした(有効&完全な回答数は18,000件となった)。 • デンマークの行政データインフラの特徴: • デンマークは国民全員がデジタルメールボックスを所有しており、デンマーク統計局 はこれを利用して国民に調査への招待状を送ることができる。 • 本研究は、デンマーク統計局と連携して実施されており、全労働者の詳細な職業コー ドが把握できている。 • 個人に関する情報には、労働者の労働市場における経歴、収入、資産、教育、その他 人口統計学的な性別、年齢などを含む多くの属性が含まれており、これらに基づく分 析ができる。 19
• 分析方法: • 職業: • 論文2の「専門家の評価」に基づいて職種を特定する。 • 論文2と同様に「平均的な作業者が同等の品質でタスクを完了する のに要する時間が半減できるかどうか」という指標を用いる。 • 具体的な職種は、会計士、カスタマーサポートスペシャリスト、 ファイナンシャルアドバイザー、人事担当者、ITサポートスペシャ リスト、ジャーナリスト、法律専門家、マーケティング担当者、事 務員、ソフトウェア開発者、教師とした。 • 実施方法: • 10万人の労働者を対象に初回回答から2週間後にフォローアップ調査 • まず、招待状を送付し、データ処理について説明し、同意を求めた 後実施 20
主な結果 結果1:広く男女格差が存在 観察1 • 男女格差が職種を問わず広く見られた。 • 女性は、同じ職種の男性に比べて、生成AIを利用する可能性が約16パーセント低かった。 生成AIを使ったことがある 過去2週間使っている Aグループ:Treated Bグループ:Control M:男性 F:女性 M:男性 F:女性 21
結果2:時間短縮に関する複雑な認識 • 従業員は、生成AIによる自分の生産性向上について懐疑的であることが多かった。 • 従業員が生成AIを活用しても恩恵を受けられないと感じる主な理由は下記である。 • • 専門知識レベルへの懸念(特に男性) 正確性への懸念(男性、女性双方)。 Aグループ:Treated Bグループ:Control • 従業員の約37%は、生成AIによって作業時間を短縮できるのであれば、その業務を これ以上行うつもりはないと回答 • 対照的に、従業員の約24%は、生成AIによって時間短縮できるタスクに、より多くの 労働時間を費やすと回答 • この矛盾した回答の解釈としては、タスク間の代替が限定的であることから、業界が この新しい技術に合わせて業務を再編成するまでは、生成AIによるタスク間の再配 分は限定的と捉えている節がある。 • • ほとんどの従業員は生成AIによる時間短縮効果について確信が持てずにいる。 ここでも女性がより確信が持てない傾向にある。 観察2 • 従業員が生成AIによる時間短縮効果を推定しても、実際にツールを利用するかどう かの予測確度は低いと言える。 22
結果3:生成AIを利用したがらない理由 • 生成AIを利用したがらない理由を男女別に示す。 大幅な時間短縮が見込めるにもかかわらず、生成AIを使用したがらない理由 Aグループ:Treated Bグループ:Control トレーニングが必要 使用が制限されている データの機密性の為 楽しみが減少するので 恐怖が代替される為 依存することへの恐怖 その他 観察3 • 女性の方が、より生成AI利用には「トレーニングが必要」と述べる傾向がある。 23
結果のまとめ、今後に向けた示唆、など • 生成AIの導入を阻む障壁が既存の不平等を強化している面がある。 • 女性や低所得労働者が生成AIを利用する可能性が低いことも明らか になった。 • そして、多くの雇用主が消極的または後退的な役割を果たしている ことも明らかになった。 • 従って、今後、企業は生成AIのさらなる導入を促進する上で重要な 役割を果たす可能性が高い。 • 雇用主はより多くの従業員が生成AIの生産性向上ポテンシャルを引 き出すのを支援する必要がある。 • 生成AI普及を支援する取り組みは、生成AI利用における次のような 懸念すべき傾向を緩和できる可能性がある。 • 既存の不平等の緩和 • 従業員への計画的トレーニング実施で女性や低所得労働者への普及拡大 • 生成AIを中心にワークフロー再編成で本格的な生産性向上へ 24
論文4 実験プラン 生成AIの労働市場への影響分析 • 問題認識: • 生成AIが普及する一方、労働市場への影響については大きな意見の相違がある。 • 数年以内に劇的混乱が生じる、から、10年間で影響はごくわずかである、まで …このような状況にデンマーク統計局の協力のもと決着を着けることを目標とする。 • 対象: • 本稿は論文3調査を拡張し、2024年後半に実施した、デンマーク7,000職場に勤務す る労働者11万5000人を対象とした。(有効&完全な回答総数は25,000件となった)。 • デンマークは生成AIが労働市場に与える影響を検証する理想的な環境を提供: • デンマークの労働者は生成AIの導入において最先端を走っており、普及率は米国と同程度 である。 • デンマークの労働市場は非常に柔軟であり、採用・解雇コストは米国と同程度に低く、企 業と労働者は技術革新に対応して雇用を調整できる。 • デンマーク国民全員がデジタルメールボックスを所有しており、デンマーク統計局はこれ を利用して調査への招待状を配布できる。結果、雇用者と従業員のデータを連携させるこ とができ、賃金、労働時間、雇用移動の変化といった労働市場への影響を分析できる。 25
• 分析方法: • 職業: • 具体的な職種は、論文3と同様に、会計士、カスタマーサポートス ペシャリスト、ファイナンシャルアドバイザー、人事担当者、ITサ ポートスペシャリスト、ジャーナリスト、法律専門家、マーケティ ング担当者、事務員、ソフトウェア開発者、教師 • 実施方法: • 調査対象者をChatGPT登場から2年後の2024年12月まで、月間収入、 労働時間、職業に関する行政記録を調査 • 差分法を用いて、ChatGPT導入前後の導入者と非導入者を比較し、 従業員レベルと職場レベルの両方で影響を推定 • ChatGPT導入に関する大規模かつ代表的なデータを、行政記録にお ける労働市場の成果と関連付けた点に最大の特徴がある。 26
主な結果 結果1:雇用主の生成AI利用推奨は影響少 ChatGPT利用に関する雇用主の方針 • 平均して従業員の43%は ChatGPT利用を明示的に推 マーケティング担当者 奨され、21%は利用が許可さ ソフトウェア開発者 ジャーナリスト れ、禁止されていたのはわ 人事担当者 ITサポート専門家 ずか6%であった(右図)。 金融アドバイザー • 雇用主はChatGPTへの具体 カスタマーサポート 会計士 的な投資も行っている。 • しかし、報告されている生産 性向上は控え目であった。 事務員 法律専門家 教員 観察1 • 典型的な利用者では2.8%の時間短縮であり、生成AIの導入効果は限定的である。 27
結果1:雇用主の生成AI利用推奨は影響少(続) • パネル(a) • あらかじめ定められた労働者の特性、 季節性を考慮して、ChaGPT導入者と非 導入者の対数所得の差を表示 生成AI導入者の労働市場における成果 ((a), (b)は、奨励を受けた者と受けていない者を分けて表示) (a)対数所得:平均値の差 • パネル(b) • パネル(a)に対応する差分を、ChatGPT 登場を起点としてChaGPT導入者と非導 入者の対数所得の差を表示 (b)対数所得:差分の差分法(DiD) 観察2 • 2年間でChaGPT導入者と非導入者間に 顕著な所得格差は生じていなかった。 • 雇用主のChatGPT利用推奨の可否も労 働者の所得に顕著な変化を与えていな かった。 28
結果2:職場移転は増加 • ChatGPT導入は利用者の収入増加にはつながっていないが、職業移 動との明確な関連性は見られた(次頁図)。 • これは、ChatGPTが特に経験の浅い労働者にとって有益であるという Aグループ:Treated Bグループ:Control 論文1の内容と一致しており、生成AIが労働者の新たな職種への進出 を支援するという見解を裏付けている。 • しかし、その影響は限定的であり、フルタイム換算の雇用のわずか4% に過ぎず、労働時間や賃金の純増にはつながっていなかった。 観察3 • ChatGPT導入後、利用者は新たな職種へ移行する傾向は強まってい るが、影響はわずかである。 29
結果2:職場移転は増加(続) • パネル(c) • ChatGPT登場以来、利用者の職業変更 は増加している(右図)。 (c)職業移動(DiD) • これは次を示唆する。 • ChatGPT登場以前の横ばい傾向は、 職業転換との関連性がないことを示 す。 • ChatGPTは新しい職業に就いたばかり の労働者には魅力的に映る。 • しかし、職業移動のパターンは明確で あるが、推定効果は控え目で、フルタ イム換算雇用は約4%の増加に過ぎな かった。 適応者 30
結果のまとめ、今後に向けた示唆、など • 調査結果は“生成AIによる労働市場の混乱が差し迫っている”との見方に疑 問を投げかけるものであった。 • 但し、調査対象とした11職種では有意な結果が得られなかったが、この 中にオンラインフリーランスプラットフォームは含まれていない。 • これらのプラットフォームでは、ChatGPTリリース後、ライティングや翻 訳といったタスク需要が急激に減少したことが知られている。 • 一部のフリーランス業務は生成AIで容易に代替可能であろう。 • しかし、今回の調査対象職種では、ほとんどの業務が代替不可能で、労 働者は節約できた時間を他業務に再配分していることが明らかになった。 • 行政データによる分析の利点は、こうした再配分に関わらず、労働者の 総収入と労働時間を把握できる点にある。 31
論文5 実験プラン 生成AIの普及の詳細な状況分析 • 問題認識: • 生成AIの普及速度や普及度合いを明確にしたい(PC, インターネット等と比較して)。 • また、生成AIが経済に与える影響の不確実性を取り除きたい。 …そのため、明確な体系的証拠によってこれらを解決することを目標とする。 • 対象: • 生成AIの使用状況に関する米国全体の調査が開始されている。そのうち、2024 年8月(5,014件)と11月(5,329件)に実施された2回の調査結果を統合して報告す る。データは主としてリアルタイム人口調査(RPS)に基づいている。 • 米国のデータインフラ状況: • リアルタイム人口調査(RPS)は、18歳から64歳までの就労年齢の成人を対象とし た全米オンライン労働市場調査である。 • 米国には古くから人口調査(CPS)が存在するので、RPSはCPSと同じ時期・構成 で実施することで、CPSとの比較を可能にした。 • RPSはChatGPTだけでなく、全ての生成AIの使用状況に関する情報を含む。 32
• 分析方法: • データソースと測定方法: • RPSは、大手商業調査プロバイダーQualtrics社がオンラインで実施す るもので、2020年から毎年複数回調査が行なわれている。 • RPSは可能な限りCPSと同一表現を使用することで、労働市場に関する 複雑な質問に回答を引き出している。 • RPSには、CPSに含まれていない、企業における従業員の再配置、在宅 勤務、州間移動、インフレと求職活動なども含まれている。 • 実施方法: • Qualtricsパネルは約1,500万人のメンバーで構成されており、米国人 口の無作為抽出サンプルではない。 • 研究者はQualtricsパネルに対して特定の人口統計グループへの調査 招待を配信できる。この手段を使用してデータを入手し分析した。 • 本論文向けRPSサンプルは、性別、年齢、学歴、世帯収入、その他 の人口統計学的特性で、米国を代表するように設計されていた。 33
主な結果 結果1:生成AIの普及速度と普及状況 生成AIを使用している就労年齢層の割合 • 就業中(職場)の回答者の23% は、過去1週間に少なくとも1回 は仕事で生成AIを利用しており、 9%は毎日利用していた(右図)。 全体 職場 職場外 PC、インターネット、生成AIの普及の軌跡 • 生成AIの全体的な普及の速度 はPCやインターネットよりも速い (右図)。 AI(RPS:2024) PC(CPS:1984-2003) 34
結果1:生成AIの普及速度と普及状況(続) • 職場: • PCと生成AIの職場での導入状況は非常に似通っているが(下図の左側)、 • 職場外: • 職場外での生成AIの初 期導入率は34%と、PCの 5%よりもはるかに高い (下図の右側)。 観察1 • 職場での生成AI採用率 は25%程度あるが、職場 での採用が先行したPC の初期段階と同等であり、 まだ低いレベルにある。 職場および職場外における生成型AIとPCの導入の軌跡 職場 職場外 (b)対数所得:差分の差分法(DiD) AI(2024) AI(2024) PC(1984-2003) PC(1984-2003) 35
結果2:労働への影響 • 1984年のPCと2024年 の生成AIの導入状況 を比較する(右図)。 • • • 学歴別:同等 年齢別:同等 性別:男性の方が7.5%高い 人口統計グループ別の生成AIとPCの業務への導入状況 高卒以下 Aグループ:Treated Bグループ:Control 大学卒 大学院卒 • 一方、PC初期では女性の方が 高かった(1984年当時、PCは秘書その他 性別 の事務補助職に頻繁に使われた)。 男性 観察2 • 年齢別 学歴別 職場の生成AI採用率はほぼ1984 年のPC並みで労働環境に本質的 影響を与える段階には達してい ないと思われる。 女性 職場の採用率(%) PC(1984) 36
結果3:生産性向上効果 • 職場での生成AI利用者に、もし生 成AIを利用できなかった場合、先 週と同等の作業を完了するにはど れだけ追加時間が必要かと聞いた 結果(右図)。 生成AIによる時間短縮効果 全体合計 AIによる時間節約が、 • 1時間以下:33.2% • 2時間程度:26.4% • 3時間程度:20% • 4時間以上:20.4% 観察3 • 時間短縮は限定的であり、企業組織は まだ従業員に生成AIを積極活用して生 産性を向上させるための充分なインセン ティブを提供していない。 4時間以上 3時間 2時間 1時間以下 37
結果のまとめ、今後に向けた示唆、など • 生成AIの普及はPC, インターネットに比較して全体的により速いペース で進んでいる。 • 但し、生成AIの普及率は職場外の方が高い。これは生成AI製品の導入コ ストが低く、初期には特に一般消費者向け製品として提供されたことが 理由と考えられる。 • そのため、生成AIの職場での普及率はさほど高くはない(この点はPC, インターネットと比較する際、注意すべきポイントである)。 • 平均すると全体では総労働時間の1~5%が生成AI利用で消費されている。 • どれだけ時間を節約できているかについての平均的時間節約率も5.4% 程度と見られる。 • これを、生成AI導入による潜在的生産性向上率として推計すると約1.1% 程度と見られるとの結論であった。 38
3.既紹介論文との比較考察 比較考察:4つの論点 3節では、論文1, 2(著名先行論文)と論文3, 4, 5(生成AI普及後のリアルデータに 基づく分析論文)を比較した結果を4論点にまとめる。 • 論点1:生産性向上に向けた取組みについて • 論文1~5を通して着目されていた対象者(専門家)はほぼ一致していた。 • 論文1:マネジャー、人事専門家、助成金作成者、マーケティング担当者、コン サルタント、データアナリスト • 論文3,4:会計士、カスタマーサポートスペシャリスト、ファイナンシャルアド バイザー、人事担当者、ITサポートスペシャリスト、ジャーナリスト、法律専 門家、マーケティング担当者、事務員、ソフトウェア開発者、教師 • それにも関わらず、時間短縮効果は実験室レベルから企業組織レベ ルに拡大すると、個々の個人の生産性を向上させている側面はある ものの、企業全体では時間短縮、その結果としての生産性向上には 結びついていなかった。 • 組織全体として活用するための多数の壁の存在が想定される。 39
• 論点2:成績劣位者が有利との言説について • 論文1で成績劣位者ほど生成AIの効果が大きいと指摘されていた。 • この傾向は論文3以降でも確認はされたが、そもそも、生成AI利用 水準が高いのは高学歴者、賃金が少し高い層と観察された。 • 「ChatGPTを利用する労働者は、勤続年数が短いにもかかわら ず、ChatGPT登場以前からわずかに高い収入を得ており、同じ 世代の中でも業績の高い個人ほどChatGPTを利用する可能性が 高い」。 • これは、能力の高い労働者ほどChatGPTを利用する可能性が高いこ とを意味する。 • この状態を放置すると、能力の低い労働者との格差は拡大してしま うので、成績劣位者も生成AIの恩恵を受けられるようにするには、 さらなる支援を必要とする。 40
• 論点3:職場と職場外の相違および女性格差について • 生成AIは職場外での利用が大きく拡大している一方、職場での利用 はそれほどでもなかった。 • また、どちらの環境でも女性の利用は男性に比し明確に低かった。 • PC時代と比較すると、PC導入初期では女性の利用の方が高かった。 • その理由は、PC導入にはそれなりのコストが掛かったことと、企業 で主に女性が務める秘書あるいは事務補助職にPCを導入することが ヒットしたためである。 • このような観察から、職場外での生成AI普及拡大と女性利用の低さ は、生成AI利用が無料で提供されたことと関係すると思われる。 • 結論的に、明確に生産性向上と、その結果としての利益拡大につな がる企業組織向け生成AI利用はまだ充分に確立されていないと考え られる。 41
• 論点4:生成AIに熟達した者の賃金上昇と職場移転について • 生成AI熟達者の給料が確実に上昇しているとの明確な根拠は見いだ せなかった。 • その一方、生成AI熟達者の職場移転あるいは他企業への再就職が多 いとのデータは確認された。 • しかし、この比率は4%と、まだ多くはない。 • 米国やデンマークのような労働流動性の高い社会においてもこの程 度なので、労働流動性の低い社会では更に低いことが想定される。 • これらのことから、生成AI利用に熟達しても、企業内で必ずしも報 われるインセンティブが少ないか、本格的な組織内での生成AI利用 に大きな壁が存在していることが想定される。 42
4.今後に向けた示唆 今後に向けて示唆される取組み • 最後に、1節, 2節の論文紹介と、3節の比較考察を踏まえ、今後の取組み について述べる。 • 現在は、従業員が企業組織内で生成AI利用に踏み切り、当該タスク の時間短縮効果を推定するとしても、実際にツールを利用するかど うかの予測確度が低い状態にある。 • このような状態が改善されないと、生成AIの本格普及は進まず、組 織全体としての成果達成は難しい。 • 次のような支援策が労働環境に沿って適切に実施される必要がある。 • 雇用主の正しい認識確立のための大所高所からの教育 • 従業員への各種懸念や壁を乗り越えるための教育, トレーニングの実施 • 生成AI利用時に遭遇する課題解決のための支援体制の拡充 • 生成AI投資に見合うリターン獲得のための抜本的なワークフロー見 直しや組織変革も早期に取組む必要がある。 43
“GPT普及後のリアルデータ分析結果の先にあるもの” • やや皮肉に言えば、生成AIの普及率がPC, インターネットより高く普及速 度も早いと言われるのは、ChatGPTが一般消費者向けに利用者負担ゼロ で提供されたからである。 • PCもインターネットも、投資に見合うリターンが確実になる状態に達す るまでには紆余曲折があった。 • しかし、「負担ゼロで斬新な機能が利用でき、普及速度も速い」が独り歩 きし過ぎた結果、職場に生成AIを導入すれば、効率化達成、収益向上が容 易に獲得できるとの夢を与え過ぎたかもしれない。 • 現在は、生成AIにとって投資に見合うリターン獲得の本命環境である職場 への生成AI導入で各種の壁にぶつかり、やや足踏み状態にあると言える。 • 生成AIの強力な機能から、いずれは期待に違わぬ導入実績が増えて来ると 思うが、今回の紆余曲折は、PC, インターネットの場合と異なり、各職場、 各職種毎に個別に発生する。 • 生成AIの本格的普及は、各現場が、その負担と覚悟をどれだけ認識できる かにかかっている。 44
最終まとめ • 企業組織への生成AI導入は必ずしも成功しておらず、スムーズな普及に向 けては多様な壁が存在している。 • また、詳細なリアルデータで分析した結果、女性格差の存在や、生成AI熟 達者の賃金が上昇していないなど、従来あまり意識されていなかった問題 も発見された。 • このような知見を踏まえ、改めて企業組織の既存システムと統合した生成 AI普及を目指す場合、雇用主側、従業員側双方に、目標の明確化、教育、 トレーニングの推進、適切な支援体制が必要である。 • しかし、それだけでは目標が達成されない懸念がある。 • 抜本的生産性向上とそれに伴う収益向上を達成するには、システム再構成、 ワークフロー見直し、そして、その先にある自動化の推進と、結果として 発生する人間代替など微妙な問題への対応も実行する必要がある。 • 人間のインセンティブ醸成など心理面や将来ビジョンを深く問い詰めるこ とも問われる。 45
編集後記 • 今回は、生成AIが労働市場に与える影響について、著名な論文と生成AIが 普及した後の統計局(デンマーク)や人口調査(CPS:米国)のリアルデー タとも突き合わせて分析した論文を探索し、比較評価を行った。 • その結果、女性格差や生成AI熟達者の賃金が上昇していない等の思いがけ ない結果も得られた。 • 普及のスピードはPCやインターネットと遜色無いかそれ以上ではあるが、 これは生成AIが主として消費者向けに無償で提供されたことの影響が大き い。 • それに比して、PCの場合はハード購入のコスト負担があったし、インター ネットの場合は、ITバブル崩壊後のGoogle広告モデルの成立、Amazonの ECモデル登場などのビジネスモデル変革があった。 • 現在、生成AIは、AIデータセンターへの投資は活発なものの、生成AIを既 存システムに統合し、確かな効率化を実現して生産性を向上させ、投資に 見合ったリターンを得る段階には達していない。 • これらに関わる兆しが何時頃リアルデータに反映して来るのかが待たれる。 46
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