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May 07, 26
スライド概要
2026-04-27に公開した「推論モデルが示唆する新たな世界」の付属資料。
最近話題になっているAnthropicのClaude Mythosを本稿の視点から解説、など、若干の補足も追加した。
定年まで35年間あるIT企業に勤めていました。その後、大学教員を5年。定年になって、非常勤講師を少々と、ある標準化機関の顧問。そこも定年になって数年前にB-frontier研究所を立ち上げました。この名前で、IT関係の英語論文(経営学的視点のもの)をダウンロードし、その紹介と自分で考えた内容を取り交ぜて情報公開しています。幾つかの学会で学会発表なども。昔、ITバブル崩壊の直前、ダイヤモンド社からIT革命本「デジタル融合市場」を出版したこともあります。こんな経験が今に続く情報発信の原点です。
推論モデルが示す新たな世界への適応 Adaptation to a new world as shown by reasoning model 高橋浩(B-frontier 研究所) 要旨:生成 AI で主流となった推論強化モデルは人間にのみ可能であった認知機能を一段と強化させ、 AI による取組みを大きく変化させている。従来、生成 AI は人間を代替するか、人間を強化するかの視 点が強調されがちだった。しかし、人間と AI はより高いレベルの連携に向けた設計がポイントになる。 但し、この状況を正しく理解し適切に準備することは容易ではない。本稿はこのような認識から急激に 高度化する生成 AI がもたらす影響を推論能力強化による変化の視点から探索する。 1. はじめに 2024 年 12 月、DeepSeek 社は OpenAI の GPT-4o と直接競合するDeepSeek-V3 を発表した。 更に一ケ月後 V3 構造を引き継ぎながら推論機能 を強化した DeepSeek-R1 を発表した。V3 は当初 から米国からの AI 規制の環境下で、米国製生成 AI に対抗するため、開発に必要なリソースを極力 少なくすることで小型化、低廉化を目指した。そ の 策 と し て 世 界 で 初 め て MoE(Mixture-of-Experts)アーキテクチャを成功 させた[1]。これはモデルを幾つかの特定小規模モ 品も推論能力向上を謳っており、多少の違いはある デル(数学用、コーディング用など)に分割し、こ もののほぼ拮抗していると考えられる(図 2 参照)。 れによって学習負荷を軽減させるもので、 オープンソースモデルかクローズドモデルかの違い DeepSeek-V3 は数学やコーディング分野で高性能 はあるが、 この一年で各社は類似の方向性を追求し、 を達成した。一方、DeepSeek-R1 は推論機能強化を かなりの高性能を達成した。その中心は推論機能の 計るため、通常は使用する教師あり微調整(SFT) 強化にあった。 を敢えて使用せず、最初から強化学習(RL)のみで訓 このような観察から、以降では、①何故推論機能 練することで、推論能力の向上に成功した[2]。この の強化が AI モデルの性能向上に繋がるのか?②こ ように、DeepSeek は、学習に要した時間の短さや の特性は今後の AI 普及にどのような影響を与える 費用の安さが話題になったが、それだけではなく、 か?に焦点を当てて論述する。 構造的に先進的な部分もあった。これらも世界にイ ンパクトを与えた。要点 を図1に示す。 この方向性はその後、 多かれ少なかれ主要製品 に継承されている。2026 年 2 月 Anthropic は Claude-Opus-4.6 を、 Google は Gemini- 3.1Pro を発表した。4 月に は DeepSeek も V4 を発 表し、その際、これら有 力製品との性能比較を発 表した(図 2)[3]。 発表では V4 を「推論 能力で世界最高水準」と 主張しているが、他社製
2. 最近の推論強化モデルの研究の核心 推論強化モデルの分析に当たり、比較対象である 指示調整モデルを規定する。これはデータセットで 次のトークンを予測するように学習した後、指示に 従い建設的に議論に参加し親切で誠実な対話相手と なるように調教される。このプロセスには、厳選さ れたデータを用いた教師あり微調整や人間のフィー ドバックに基づいた強化学習(RLHF など)がある。 その結果、どのような発言をするかの予測に長けた モデルが完成する。このモデルと推論強化モデルが どのように異なるかを探る精緻な実験が Google 社 内の Paradigms of Intelligence (Pi)Team によって 実施された[4]。 2 のように定義して測定した。 方法:オープンソースとして公開されているモデル ④情報提供を除いて推論強化モデルの方が圧倒 の中から 2 タイプモデルを選択して比較する (表 1) 的に社会情緒的役割が高かった(図 4) 。指示調整モ デルは④情報提供では遜色なかった。 比較結果3:推論トレース生成時に発生する異なる 視点(話者)数の分布を測定した。複雑性など多様な 視点の評価は LLM(Gemini-2.5 Pro 使用)によっ て行なった(図 5) 。 実施は既存ベンチマークから 8,262 個の課題をサン プリングし、推論トレースを生成して行なわれた。 結果:代表的結果を以下に 3 つ示す。 比較結果 1:推論トレース長を比較した結果、推論 強化モデルの方が圧倒的に長かった(図 3) 。 推論強化モデルが圧倒的に視点(話者)数が多く、視 点(話者)数「3」に緩いピークがあった。一方、指示 調整モデルは視点(話者)数「1」に張り付いていた。 AI に「脳内会議」発生を推測:これらの結果を基に 研究チームは、AI 内に以下の現象が発生していると 総括した。 多角的なシミュレーション: 推論強化モデルは、内 比較結果2:対話のバリエーションと関係の深い社 会情緒的役割を測定するため、社会情緒的役割を表 部で異なる専門知識や性格(批判的な検閲官、創造 的なアイデアマンなど)を持つ複数のエージェント が対話しているように振る舞っている。 対話的行動の発生:内部で「自問自答」「視点の転 換」 「矛盾の調整」のような会話的プロセスが自然発 生しており、これが推論の正確性を支えている。 多様性の高さ: 従来の指示調整モデルに比べ、推論 強化モデルは内部での意見の対立や多様な視点の切 り替えが圧倒的に多い。
3.マルチエージェント討論による推論能力の向上 このような推論強化モデルの構造を踏まえ、より これらを踏まえ、本節以降では推論強化モデル内 機能強化を図るため、 「反対意見」を出すエージェン に「自律的にマルチエージェントが発生(AI に「脳 トも想定した場合の役割の例を示す。 内会議」が発生)」していることを前提に述べる。 提案者: 最も確率的に高い解を提示する。 実は、指示調整モデル段階でも意図的にエージェ 反対者 : 提案の弱点や例外を突き、反論する。 ント複数個を用いて類似の研究をしていた先駆的研 調整者 : 両者の議論を聞き、矛盾を解消した「統合 究があった[5]。実験手順を以下に示す。 案」を作成する。 1. 問題が与えられると、意図的に設置された複数 これらの知見から、推論強化モデルは、 「推論中に エージェントが、個別に回答を生成する。 意図的に特定キャラクター(提案者、反対者、など) 2. 次に、各エージェントは他の全てのエージェン を呼び出す(生成する)手法」を駆使していると想定 トの回答を読み込み、批判的に検討する。 され、従来の単一巨大 LLM にはない、専門的な小 3. このプロセスにより、自身回答の批評と他エー 規模専門家エージェントの集合として機能している ジェントの回答を踏まえて回答を見直す。 4. このステップを繰り返す推論の連鎖によって最 終回答を生成する。 簡単な数学問題に適応した例を図 6 に示す(2 エー と思われる。 ここまでの検討結果を踏まえた推定される可能性 を以下に示す[6]。 1.「潜在的キャラクター」の顕在化と切り出し ジェント(左側)と 3 エージェント(右側)、および繰り 可能性のあるキャラクターを推測し、 「数学に強い 返し回数が 2 回(上段)と 3 回(下段)の実験からなる)。 人格」 「論理的誤謬を指摘する人格」 「創造的な物語 を書く人格」などの境界を特定できれ ば、それらを個別軽量なモデルとして 抽出することが可能かもしれない。 2. 内部対話(脳内会議)の外在化 内部で行われている「社会」を、物 理的に分離された小規模エージェン ト同士の「外部的な対話」に置き換え ることができれば思考プロセスが可 視化され、人間によるデバッグや制御 が容易になるかもしれない。 3. 動的な専門家編成 実験の結果、当初誤りがあっても、推論プロセス 入力された問いに対して、「どの専門家を呼び を繰り返すと正解に達していた。指示調整モデルで 出すか」を決定する「オーケストレーター」が配 も、複数エージェント間で討論を繰返した方が良い 置できれば、 1 人の万能な天才に頼るのではなく、 結果が得られることが実証された。これは、推論強 適切なスキルを持った複数専門家チームを結成 化モデル内でマルチエージェントによる討論が発生 する仕組みが実現できるかもしれない。 していることを強く支持する。これを踏まえた両モ この視点から、2026 年 4 月に Anthropic から発 デルの概念図を図 7 に示す。 表 さ れ た Claude Mythos を 考 え る 。 Claude Mythos は、 「多段階の推論、依存関係の探索、外 部システムとの相互作用を必要とする領域におい て、強いエージェント特性を示し」且つ「重要な システム(この場合はサイバーセキュリティ)と近 接性を持つ」一種の社会システムと考えられる[8]。 これは Claude-Opus-4.6(および追加機能)の推論 機能を基礎としながら、 脆弱性発見アルゴリズム、 怪しいパターンの仮説推論、コード走行で異常挙 動観測のシミュレーションなどを組合わせた統合 システムと考えられ、推論強化モデルの典型例で ある。
4.今後の取組み指針 ここまでの検討を踏まえ、一般企業の AI 活用に 態について若干触れる。 「確率分布として答えを出す」 仕組みは、 「ユーザーに、どの程度の粒度(単一の答 おける今後の取組み指針について考える[7]。 えか、それとも可能性の分布か)で回答を提示すべ これからの AI システムの設計: きか」という UI/UX の議論にもつながる。 ・ 「必要な時に、必要なキャラクターだけを、必要な 最後に、推論強化モデルは、専門や役割を持った 数だけ起動する」という、効率的で説明可能な AI 話者の登場によって、課題についてより優れた回答 システムが設計できれば、現在の「計算資源を力 を生成する能力を強化できるだけでなく、討論を通 技で投入する」アプローチは大きな転換点を迎え じて動的に状況に対応できる点も重要である。この るかもしれない。 点が今後の AI に大きな変革をもたらす可能性もあ ・ 「専門家(スペシャリスト) 」と「指揮者(ジェネ る。更なる研究が期待される。 ラリスト) 」を分業させることができれば、 「疎結合 な専門家」と「密結合な基盤」のハイブリッドや「共 通の言語・概念空間」を共有したまま、特定のタス 参考文献〕 〔1〕 Aixin Liu et al., “DeepSeek-V3 Technical ク実行部だけを専門化することも可能かもしれない。 Report”, arXiv preprint arXiv:2412.19437, 今後の AI システムの概念理解: 2024. 次のような視点が考えられる。 〔2〕 ・これまでの AI は「知識ベース」であったが、分 Daya Guo et al., “Deepseek-r1: Incentivizing reasoning capability in llms via 離設計で合意形成可能な AI は「討論ベース」に reinforcement learning”, arXiv preprint なる。 arXiv:2501.12948, 2025. ・その際、 「合意形成メカニズム」の実装で最も難し 〔3〕 DeepSeek-AI [email protected], いのは「いつ議論を打ち切るか(合意に達したと “ DeepSeek-V4: Towards Highly Efficient みなすか) 」である。 Million-Token Context Intelligence”, 2026. ・また、 「あえて議論を終わらせない」ことで生まれ 〔4〕 Arcas, J Evans, “Reasoning Models Generate る創造性を重視するケースもあり得る。 Societies of Thought”, arXiv preprint ・こうしたことも含めて、 「議論の幕引き」の設計を arXiv:2601.10825 2026. 考えるとき、 「AI にどの程度の自律性を持たせる か」の設計が重要に成る。 〔5〕 Yilun Du et al., “Improving Factuality and Reasoning in Language Models through ・この延長で、単に「正解」に拘るのでなく、議論 Multiagent Debate”, ICML, 2024. というプロセスを経て得られた複数の視点を確率 分布として再定義する捉え方もある。 Junsol Kim, S Lai, N Scherrer, B Agüera y 〔6〕 ・これは、現在の生成 AI モデルの限界(ハルシネ jack4andMana'sTalk, “(論文感想文) Reasoning Models Generate Societies of ーションや過学習)を克服するための合理的手法 Thought”, 2026/1/22, と見做せる面がある。 https://note.com/jack4manastalk/n/neda4834f 指示調整モデルと推論強化モデルの比較を表 3 に e1c1 示す。 「確率統計的な枠組み」で回答を生成する知能形 〔7〕 James Evans, Benjamin Bratton, Blaise Agüera y Arcas, “Agentic AI and the next intelligence explosion”, Science 391 (6791), eaeg1895, 2026. 〔8〕 Fred Amonya, “The New Narrative Engines: Claude Mythos and the Struggle for Coherence”, SSRN 6594198, 2026.