AI時代の組織の意思決定

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March 10, 22

スライド概要

AIの進歩により、意思決定の場面でAIが人間を補佐あるいは代替する場面が増えている。特にAmazon, Netflixなどでは大量のユーザーデータを収集可能、および多くのユーザーの行動パターンが時間経過によっても急激には変化しないという特性があり、かなり完全に近い人間からAIへの意思決定の移管が進行している。しかし、企業組織の意思決定など、人間とAIの組合せが必要な適応分野では必ずしも順調にAI適応が進んでいる訳ではない。しかし、今後、AIの適応が進むと予想される。そこで、現在、AI適応に問題があるとすれば、その原因は何なのか?今後の適応拡大にはどのような課題があるのかなどについて整理してみる。

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定年まで35年間あるIT企業に勤めていました。その後、大学教員を5年。定年になって、非常勤講師を少々と、ある標準化機関の顧問。そこも定年になって数年前にB-frontier研究所を立ち上げました。この名前で、IT関係の英語論文(経営学的視点のもの)をダウンロードし、その紹介と自分で考えた内容を取り交ぜて情報公開しています。幾つかの学会で学会発表なども。昔、ITバブル崩壊の直前、ダイヤモンド社からIT革命本「デジタル融合市場」を出版したこともあります。こんな経験が今に続く情報発信の原点です。

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1.

AI時代の組織の意思決定 ー 次世代AIによるマネジメント ー B-frontier研究所 高橋 浩

2.

問題意識 • AIの進歩により、意思決定の場でもAIが人間 を補佐あるいは代替する場面が増えてきた。 • しかし、人間と機械では特徴が大きく異なり、 意思決定となると結果への責任も伴う。 • そこで、この問題は従来の機械と人間との関 係を超えた新たな課題を生み出している。 • この問題はどのように整理されているのだろ うか? • また、今後どうあるべきなのだろうか? • それらについて考察してみる。 2

3.

目次 1. はじめに 2. 人間とAIベース意思決定の比較 3. 人間とAIベース意思決定の組合せ 4. AI時代の意思決定の事例 5. これからの意思決定について 3

4.

1.はじめに AIには期待と不安が交錯 • 「AIは人間のインテリジェンスを強化する 技術で、概して、AIは人間のパートナーで ある」・・元IBM CEO Ginni Rometty 2017 • 「完全なAIの開発は人類の終焉をもたら す可能性がある」・・Stephen Hawking 2014 • 「人間は、AIによってもたらされる脅威につ いて心配する必要がある」・・Bill Gates 2015 4

5.

AIの明確な定義はない • 通常は、経験から学び、新しい入力に適応し、 人間のようにタスクを実行する機械と認識され ている。そして、・・・ – 組織におけるAI対応システムの採用は急速に拡 大し、 – AIはビジネスを変革させ、 – データを使用して予測を行う組織の能力を向上さ せ、 – 予測を行うコストを大幅に低下させている。 • 今後、AIは意思決定を強化し、ビジネスモデル とエコシステムを再発明し、顧客経験を再構築 するとされている。 5

6.

意思決定にAIを使用するということは • AIの歴史において最も重要なアプリケーショ ンの1つであって、・・・ – 人間の意思決定をサポートするため、 – またはそれを置き換えるために使用可能である。 • 役割を更に細分化すれば、AIは・・ – アシスタント – 評論家 – 二次的意見提唱者 – 専門コンサルタント – 家庭教師 – あるいは実行者になり得る。 6

7.

実際、AIの意思決定への影響は拡大 • 人間が関与する意思決定で、ますますAIアルゴ リズムのガイダンスに依存する場面は増えてい る。 – – – – – – – – – 医学(手術の実施/割当て) 心理カウンセリング(治療的会話エージェント) ヒューマンリソース管理(採用決定) 銀行(信用リスク予測) 科学(さまざまな専門家として) 交通(自動運転車) 行政(移民決定) 法律カウンセリング(保釈決定) など 7

8.

AIに対する期待と疑問 • AIの進歩により、AIは、暗黙の判断、感情の感知、 以前は不可能と思われていたプロセスの推進など、 より複雑なタスクを実行できる可能性が高まって いる。 • その結果、 – 人間による制御や監視なしに自律的に実行される ジョブの数が増え、 – 人間より良い意思決定に到達し、分析能力と意思決 定能力を高め、創造性を高められると考えられる一 方で、・・・ • 人間と機械の共生が間近に迫り、組織の意思決 定において、人間とAIはどのように補完できるの か?という疑問も発生している。 8

9.

検討の枠組み • このように、人間が関与していた意思決定へ のAIの活用は、これまでとは異なる問題を惹 起させている。 • そこで、人間と機械のギャップに着目し、次の 3ステップで検討する。 (1) 人間とAIベース意思決定の比較 (2) 人間とAIベース意思決定の組合せ検討 (3) それ以外も含めた今後の課題 • 適応分野毎の相違(例:HR分野) • 組織に由来する問題の考察 ・・・2節 ・・・3節 ・・・4節 ・・・5節 9

10.

2.人間とAIベース意思決定の比較 意思決定へのAI適応の注意点 • 現在は初期段階にあり適正な基準が確立されて いないので、 • AI活用においては、AIの長所と短所を充分に理 解した上で適用することが重要になる。 • 通常は、意思決定にAIを関与させたマネジャー が最終的結果責任を負う必要があるが、・・・ • しかし、AIはしばしば重大で隠されたバイアスや 課題を増幅させることがある。 – 例:法律分野へのAI適応で、過去の判断(判例)が黒 人に不利なことが多かった場合、過去のデータ活用 はそのバイアスを継続させる。 • これは過去のデータに由来する問題なので、現在のAI活 用者には分からないことが多い。 2,3節は主に、Yash Raj Shrestha et al., Organizational Decision-Making Structures in the Age of Artificial Intelligence, California Management Review 61 (4), 66-83, 2019. を参考に加筆、修正した。 10

11.

人間とAIベース意思決定の比較 • 人間の意思決定とAIベース意思決定間には多く の相違が存在する。 – 特に人間の認知能力の限界とAI向け環境が整備され た場合のAIの正確無比で瞬時的処理能力間には極 めて大きな相違がある。 • そこで、組織の意思決定に焦点を絞り、人間とAI の代表的比較項目を5つ取り上げる。 1. 2. 3. 4. 5. 意思決定探索空間の特異性 結果の解釈の可能性 代替セットのサイズ 意思決定の速さ 意思決定結果の再現性 11

12.

人間の意思決定とAIベース意思決定の5つの比較項目 1.意思決定探索空間の特異性 (主に処理時の相違) 5.意思決定結果の再現性 (主に結果利用時の相違) 4.意思決定の速さ (処理時/結果利用時の相違) 2.結果の解釈の可能性 (主に結果利用時の相違) 3.代替セットのサイズ (主に処理時の相違) 12

13.

1.意思決定探索空間の特異性 • 人間の意思決定者は意思決定において判断 力と直感を行使できるため、構造化されていな い意思決定にも対処できる。 • その一方、「直感的に」決定を下すので、その 理由と重みは暗黙的なままが多い。 • AIは適切に構造化された意思決定目標に限 定することもよくあるが(「弱い」AI)、より幅広 い問題に適応可能な「強い」AIの開発も進ん でいる。 13

14.

2.結果の解釈の可能性 • 人間の意思決定者は推論手順をより簡単に さかのぼって特定の決定を下すことが多いの で、理由の説明と正当性を提供できるが、常 に正確、真実、包括的とは限らない。 • AIではアルゴリズムの各ステップで目的関数 が段階的に最適化されており(局所最適化手 法)、AIがどのように決定に到達したかについ ての全体的説明は提供されない。 • 更に手順が自動化されているため、識別され るパターンやモデルは極めて複雑になる。 14

15.

3.代替セットのサイズ • 人間は認知的制約により、多数の選択肢を均 一に処理することが出来ない。 • 従って、一見同等と見られる選択肢が多数 あった場合、「選択の過負荷」によって間違っ た選択をする可能性がある。 • AI は同じ一連の目的関数を数百万を超える 代替案に対しても均一かつ一貫して処理でき る。 15

16.

4.意思決定の速さ • 人間は迅速な意思決定を急かされると、一部 を強調し、他の情報を無視することが多く、速 度と精度にトレードオフがある。 • 従って、あまり時間を急がせると意思決定結 果に自信が持てないことが起こる。 • AI ベースの意思決定はほぼ瞬時に実行でき る。 16

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5.意思決定結果の再現性 • 人間は情報の種類や経験、注意パターン、感 情、情報処理の個人差などの影響を受ける。 • そのため、結果の再現性は危ぶまれる。 • AI は一貫性のある入力が与えられれば一 貫性のある結果を何回でも提供できる。 ⇒人間とAIベース意思決定比較を次頁に示す。 17

18.

人間の意思決定とAIベースの意思決定の比較 意思決定条件 人間の意思決定 AIベースの意思決定 1.意思決定探索空間 の特異性 大まかに定義された意思決定 探索空間に対応する。 特定の目的関数を備えた、 明確に指定された意思決定 探索空間が必要である。 2.意思決定プロセスと 結果の解釈の可能性 意思決定は説明可能で解釈可 関数形式の複雑さにより、 能ではあるが、遡及的なセンス 意思決定プロセスと結果の メイキングに対して脆弱である。 解釈が困難になる可能性が ある。 3.代替セットのサイズ 限られた容量しかないので大 大規模な代替セットに対応 規模な代替セットを均一に評価 可能である。 するのは難しい。 4.意思決定の速さ 比較的遅い。 速度と精度の間 に高いトレードオフがある。 極めて速い。 速度と精度の 間にトレードオフは無い。 5.意思決定結果の再 現性 再現性は、経験、注意、文脈、 意思決定者の感情状態の違い などにより、個人間および個人 内の要因において脆弱である。 標準的な計算手順によって いるので、意思決定プロセス と結果は非常に再現性があ る。 18

19.

3.人間とAIベース意思決定の組合せ 人間とAIベース意思決定の組合せ • 2節の人間とAIベース意思決定の性格・能力 差を踏まえ、実際に意思決定を行う場合の人 間とAIベース意思決定の組合せを3つ考える。 (1). 完全な人間からAIへの委任 (2). ハイブリッドな順次意思決定 • AIから人間へ • 人間からAIへ (3). 集約された人間とAIの意思決定 ⇒3つの組合せ一覧を次頁に示す。 19

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人間の意思決定とAIベース意思決定の組合せ一覧図 人間の意思決定 AIベースの意思決定 (1). 完全な人間から AIへの委任 結 論 (2). ハイブリッドな順 次意思決定 AIから人間へ 人間からAIへ (3). 集約された人間と AIの意思決定 結 論 人間の意思決定への入力 としての初期分析 結 論 AIによる意思決定への 入力としての初期分析 集約 結 論 20

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(1) 完全な人間からAIへの委任 • AIベースの意思決定は探索空間が具体的に制 限されている時に特に有効であり、 • 1) 意思決定プロセスの解釈可能性が予測精度 に比べて重要でなく、2) 代替セットサイズが大き く、3) 意思決定速度が重要な時に向いている。 – リコメンデーションシステム(Amazon,Youtube,Netflix) – ダイナミックプライシング(航空会社、ホテルの価格設 定、広告オークション、高頻度取引、など) • 多くのユーザー行動の集約パターンは時間経過と ともに急激には変化しないので、ユーザークラス の好みを大規模かつ高精度で予測するのに向 いている。 21

22.

• AIアルゴリズムは意思決定の効率と精度を時 間経過とともに向上するように設定できる。 • 但し、完全に委託された意思決定では、過去 のデータによるバイアスが発生しうるので、設 計倫理を適切に精査する必要がある。 • これらの倫理的懸念への対処には、政策立 案者、学界、ビジネスリーダー、アルゴリズム 設計者の共同の関与が必要である。 – 特に公共性の高い分野(法律的分野、人間の採 用、交通、銀行など)への適応においては注意が 居る。 22

23.

(2) ハイブリッドな順次意思決定 人間の意思決定への入力としてのAIアルゴリズムによる決定 • 第1フェーズ(AIベースの意思決定) – AIは最初の選択肢のフィルターの役目を果たす。 • 第2フェーズ(人間の意思決定) – 人間は多数の選択肢を含む状況を(第1フェーズ を設けることで)効果的に処理できる。 23

24.

• 人間の関与は意思決定をより解釈しやすくす るが、意思決定のスピードと意思決定プロセ スの再現性を失う。 – クラウドソーシング形式のコンテスト – ヘルスケアのモニタリング – 人間の採用 – ローン申請の評価 • AIでフィルターをかけることで、実行可能な代 替案の破棄などのリスクはある。 – 破棄は自動化され、人間には隠されるが、元々 は人間の決定に基づいた学習の結果である場合 がある。 24

25.

AIアルゴリズムによる意思決定への入力としての人間の意思決定 • 第1フェーズ(人間の意思決定) – 人間は最初の多数の選択肢から比較的小さい セットを選択する。 – 人間が優先代替案に高い信頼を寄せるシナリオ では効果的である。 • 第2フェーズ(AIベースの意思決定) – 小さなセットを効果的かつ長期に渡って大量の データを処理して評価するためにAIを活用する。 – 人間が少数の選択肢から最良の選択をするのに 確信が持てない場合に有効である。 25

26.

• 最初に人間が介在するので代替セットのサイズ が小さい時に適している。 • AIベースの意思決定の後、最後に人間の意思 決定の関与で最終的決定を解釈可能にすること はできるが、意思決定のスピードと再現性は低 下する。 – スポーツ選手の選択/採用(米国プロ野球オークランド アスレティックスの成功例【ジェネラルマネジャー、ビ リー・ビーンが開発し、映画「マネーボール」で描かれ た手法】から普及) ⇒次頁に示す – ヘルスケア(人間が高リスク患者に絞った後にAIによ るモニタリングを行う) 26

27.

米国プロ野球オークランドアスレ ティックスのジェネラルマネジャー ビリー・ビーン氏 ビリー・ビーン氏は勝率を上げるため「得点期待値(三死までに獲得が見込まれる 得点数の平均)」を設定し、それを向上させられる選手を「良い選手」とした。 その結果、2001年、2002年と連続でシーズン100勝を達成。2002年には年俸 総額1位のニューヨーク・ヤンキースの1/3の年俸総額で全30球団中最高勝率・最 多勝利数を記録した。 「状況(運)」によって変動する数値を判断基準から排除し、本人の能力のみが反 映される数値だけに絞り込んで評価したことが最大の特徴。 27

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(3) 集約された人間とAIの意思決定 • 人間、AIそれぞれの強みに基づいて意思決 定する。 • 各々の意思決定が出た後に、多数決、(加 重)平均などの集約ルールを使用して集合的 に決定する。 • AIベースの意思決定者は意思決定グループ の「メンバー」と見做される。 28

29.

• 人間の意思決定は社会的適合性など、より定義 が難しい分野に向いている。 • AIベースの意思決定は生産性など、より客観的 な要因の評価や予測に向いている。 • 両者の良い所を組合わせて意思決定する。 • この形式では人間とAIベース意思決定を独立し て組合わせることができる。 – 投資委員会での意思決定、など ⇒人間とAIベース意思決定の組合せ構造を次頁 に示す。 29

30.

AIベースのアルゴリズムを含む組織の意思決定構造 組織構造 完全な人間 からAIへの 委任 ハイブリッド 1:AIから 人間への順 次意思決定 ハイブリッド 2:人間から AIへの順次 意思決定 集約された 人間とAIの 意思決定 1.意思決定探索 空間の特異性 2.結果の解釈 の可能性 3.代替セット のサイズ 4.意思決定の 速さ 5.意思決定結 果の再現性 事例 高い (AIが機能するた めに必要) 低い (人間の関与 がないため) 大きい (人間の能 力によって 制限されな い) 速い (人間の能力 によって制限 されない) 高い (計算上標準 化されてい る) リコメンダーシス テム、デジタル 広告、オンライ ン不正検出、 ダイナミックプラ イシング,など 高い→低い (第1フェーズで高 く、第2フェーズで 低くなる) 高い (最終決定へ の人間の関 与による) 大きい (第1フェーズ にAIが関与 しているた め) 遅い (ボトルネック としての人間 の意思決定 による) 低い (人間の変動 に対して脆弱 である) アイデアの評価、 採用、など 低い→高い (人間の関与で第 1フェーズで低く、 AIの関与で第2 フェーズで高くな る) 低い (最終決定に AIが関与して いるため) 小さい (第一段階 への人間の 関与による) 遅い (ボトルネック としての人間 の意思決定 による) 低い (人間の変動 に対して脆弱 である) スポーツ分析、 健康モニタリン グ、など 低い (人間に割り当て られた決定のた めに) 高い (AIに割り当てら れた決定の場合) 高い (AIに割り当 てられた決定 の場合) 低い (人間に割り 当てられた決 定のために) 小さい (同じ選択肢 のセットが人 間とAIの両 方によって 評価される ため) 遅い (ボトルネック としての人間 の意思決定 があるため) 部分的 (再現性は、 AIに割り当て られた決定要 素でのみ保 証されてい る) トップマネジメン トチーム、取締 役会、など 30

31.

AIアルゴリズムを含む意思決定(中間まとめ) ① 完全にAIに委託する意思決定がピッタリの 分野が登場し成果を上げている(Amazon, Youtube, Netflix,ダイナミックプライシング等)。 ② しかし、人間とAIベース意思決定を組合わせ た形態での一般企業への適応はさほどの成 功を見ていない。 ③ 例えば、HR分野などで両者の組合せが試み られているが本格的適応には到っていない。 ④ 性格が違い過ぎる人間とAIの連携には特有 の困難が存在しており、活用ノウハウや利用 実績がまだ不充分な状態にある。 31

32.

4.AI時代の意思決定の事例 AI時代の意思決定の今後について • 人間とAIによる意思決定を効果的に組合わせ、 各アプローチの利点を活用すれば良い意思決 定が期待できる可能性はある。 • 但し、これに慎重かつ勤勉に取組むだけで組織 を改善できるかどうかはわからない。 • 組織のメカニズムには上述以外の要素も存在す る。 – 人間とAIベース意思決定の5つの比較項目は主に人 間個人の特徴に焦点を当てて抽出したが、組織には 人間集団としての異なる特性もある。 • そこで、一般企業向け適応分野の一例として、 HR分野(人材問題)をもう少し詳しく分析する。 4節は主に、Prasanna Tambe et al., Artificial intelligence in human resources management: Challenges and a 32 path forward, California Management Review 61 (4), 15-42, 2019. を参考に加筆、修正した。

33.

HR分野の意思決定の特性 • AIをHR分野に適用しようとするとさまざまな問 題が発生する。 – 正確な測定が難しい(業績評価スコアもあるが、 種々のバイアスがある)。 – データセットが小さい傾向がある。 – 決定結果(誰が採用され、誰が解雇されるか、な ど)が個人と社会に深刻な影響を及ぼし、公平性 が極めて重要になる。 • 決定は従業員間に存在する社会心理的慣行の影響を 受け、組織と個人双方に影響を与える。 – 結果、従業員はAIアルゴリズムに基づく決定に有 利(あるいは不利)に(意図的に?)反応すること がある。 33

34.

各種課題への対応 • そこで、これらの課題を緩和するため、AIを活用 した各種の予測が試みられている。 • これには長期的視野に立ったAIライフサイクル (下図)の構築から着手する必要がある。 • この運用は高コストになりやすい。そこで、各種 HRツールを活用して予測を行うことが試みられ ている。 ⇒典型的な予測を伴うHRオペレーション例を次頁 に示す。 34

35.

HR分野のオペレーションとAIベースの予測タスク HRオペレーション 予測タスク 募集–候補者を特定し、応募す 良い候補者を確保しているか? るよう説得する。 選択–採用候補者を選択する。 最高の従業員になる人に仕事を提供できるか? 招集(オンボーディング)-従 業員を組織に連れてくる。 新入社員をより早く役立つようにするにはどうすれ ば良いか? 訓練 どのような介入がどの個人にとって意味があり、 パフォーマンスを改善させられるか? パフォーマンス管理–パフォーマ それぞれの慣行は職務遂行能力を向上させる ンスの良し悪しを特定する。 か? 昇進–誰が昇進するかを決定 する。 新しい役割で誰が最高のパフォーマンスを発揮す るかを予測できるか? 保持 誰が退社する可能性が高いかを予測し、保持のレ ベルを管理できるか?

36.

AIライフサイクル • 「HRオペレーション」は大量のデータを生成する。 • 「機械学習」では(過去のデータも含め)データを 適応させて学習し、より優れたパフォーマンスを 発揮するアルゴリズム作成が目標になる。 • 結果、実際の「意思決定」はAIベースの出力を参 考にはするが、採用/解雇などの重要な意思決 定には、マネジャーが多くの裁量権を持つことが 多い(場合によってはAIベースの予測結果を無 視する)。 • このような前提で、AIライフサイクルにおける問題 点を4つ述べる。 36

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HR管理にAIベース意思決定適応時の4つの問題 1. HR現象に固有の複雑性 (人間の評価の困難性) 4. AI管理に対する従業員の反応 (AIの結果と知った後の 従業員の反応への対応) 2.小さなデータセット (予測結果の曖昧性と経 験的知見とのバランス) 3.倫理的および法的制約 (リアルデータの活用とプ ライバシーとの関係) 37

38.

1.HR現象に固有の複雑性 • HR管理は極めて複雑である。 – 職務要件は極めて広く仕事の監視が不充分になる。 – 仕事は相互に依存しており、個人のパフォーマンスを グループのパフォーマンスから切り離せない。 – 業績分析、報酬/給与分析など個別ツールもあるが、 それら間に互換性はなく、利用は限定される。 – また、最初の取組み時にはデータが整っていないの で、調査項目選択から開始しなければならない。 – 必要なデータをどのように組み立てて行くかも監視し ながら進めることになる。 • このような状況に対処するため各雇用主は他の 場所のデータに基づくアルゴリズムが自組織で も有用かどうか知っておくことも重要になる。 38

39.

2.小さなデータセット • 通常、ほとんどの雇用主は多くの従業員を雇用 していない。従って、データが少ない。 • データが少なければ管理者はデータと自らの経 験的分析を使用して他の利害関係者を説得する 必要が生じる。 • これはしばしば利害関係者間の争いになる。 • 対応処置としてはHR管理プロセスの形式化があ る。 • このような作業のためにもHR現象の実態を探る 実験の実施なども必要になる。 39

40.

3.倫理的および法的制約 • 多くの雇用主は、従業員がより「本物」と信じてい るとの推測の元にSNSデータ等を利用したがる。 – 実際にはどれほど「本物」かは明確でない。 • いずれにしろ、SNSデータ等をHR管理に利用す れば、従業員はプライバシー侵害と見做すかも しれない。 – 同様の問題は従業員の同僚との電子メール分析でも 発生する。 • 一方で退職予測などでは、従来の心理学に基づ く調査よりSNSデータの方が有効との報告もある。 • このような状況においてどのようにバランス良く 対処するかが新たな課題になる。 40

41.

4.AI管理に対する従業員の反応 • いずれにしても、雇用主がSNSデータや電子 メールを監視していることが従業員に知れる と、各個人はすぐにその事態に急速に反応し 対応する。 • それでもそれらのデータを有効データとして 確保し活用しようとすると、従業員の反応をど のように処理するかという新たな課題が発生 する。 41

42.

AIベース意思決定のHRへの適応 • 一般企業のHR管理へのAI適応は4つの問題 にも見られるように簡単ではない。 • 公平性とAIベース意思決定の説明可能性に も課題が残る。 • 現実的には雇用主は適正なデータ入手のた めの大きなコストと、AIベース意思決定の低い 予測能力を受け入れる必要がある。 • 効率性追求だけでなく、倫理的・法的制約や 従業員の反応も予想した適切性への配慮も 行った上で、HR管理へのAI導入は徐々に進 展して行くものと思われる。 42

43.

事例1 中国、人事業務の自動化進む 精度90%のAI面接サービスが数億円調達 AIで動画を解析し、面接での受け答えや立ち振舞いを評価する。 主力製品はSaaS形式のAI動画面接サービス「AI得賢招聘官(AI RecruiTas)」 このサービスは、深層学習と全業界ナレッジグラフ「Talent DNA」のAIスコアリ ングモデルと、文章レベルの自然言語処理(NLP)による状況判断や会話管 理モデルに基づき、精度90%以上の面接判定を可能にする。 日経新聞2021年1月7日「中国新興、AIで採用を自動化」 43

44.

事例2 AIが面接官の判断を支援、日立系が新システム • ベテラン面接官のノウハウを学習したAIがオ ンライン面談の映像を分析して評価する。 日経新聞2021年12月27日「AIが面接官の判断を支援、日立系が新システム」 44

45.

5.これからの意思決定について 人間とAIベース意思決定の比較再考 • AIはより優れた計算能力と分析的アプロー チにより、複雑さに対処する際に人間の認識 を拡張できる。 • 人間は組織の意思決定における不確実性、 曖昧さに対処するため、より包括的で直感的 なアプローチを提供できる。 5節は主に、Mohammad Hossein Jarrahi, Artificial Intelligence and the Future of Work: Human-AI Symbiosis in Organizational Decision Making, Business Horizons 61 (4), 577-586, 2018. を参考に加筆、修正した。 45

46.

人間の能力の特性 • 人間の認知と意思決定の多くは、意図的な情 報収集と処理の直接的結果からではなく、直 感の領域における潜在意識から生じる。 ・・・Dane et al.2012 • 直観は、合理的思考や論理的推論に依存す ることなく、直接的な知識または理解を生み出 し、決定に到達する能力として定義される。 – 直感的な意思決定には、想像力、感度、反芻、創 造性、そして心理学者が「直感的な知性」と見な すものも含まれる。 – 分析的アプローチは情報の深さに依存するが、 直感的アプローチは全体論的および問題の抽象 的な見方に依存する。 46

47.

新たな人間と機械の共生に向けて • 組織の意思決定を悩ます不確実性、複雑さ、 曖昧さの3つの課題に着目する。 • AIの問題解決能力は直感的な意思決定より も、意思決定の複雑さを克服するための分析 の支援に有効である。 • 一方、人間は直感的アプローチを必要とする 決定に直面してより良いパフォーマンスを発 揮する傾向がある。 47

48.

不確実性 • 不確実性は全ての選択肢またはその結果に 関する情報の欠如として特徴付けられる。 • 例えば、石油ショック、リーマンショックのよう な世界的危機から技術的不具合に至る問題 は情報中心の合理的プロセスを通じた意思 決定と戦略では予測できない。 • このような文脈では、人間の意思決定は長年 の暗黙の経験と個人的判断に根差した洞察、 定性的評価を活用して直感的に行われること がよくある。 48

49.

複雑さ • 複雑さは豊富な要素または変数によって特 徴付けられる。 • それらは最も賢い人間の意思決定者の認知 能力をも超える速度で大量の情報の処理を 要求する。 • AIはそのような際に、因果関係を特定し、因 果ループを介した多くの可能性の中から最適 な要因を発見し、問題の複雑さを軽減するの に役立つ。 • この延長で、情報収集と分析におけるAIの速 度、能力と人間の直感的判断と洞察の組合 せの可能性が拓ける。 49

50.

曖昧さ • 曖昧さは意思決定の領域で、幾つかの、同 時であるが異なる解釈の可能性を指す。 • 曖昧さは多くの場合、利害関係者、顧客およ び政策立案者の利害の対立が原因で発生す る。 • その結果、意思決定が公平で客観的なプロ セスから主観的で政治的プロセスに変わり、 • 最も合理的決定でさえ、意図された結果と意 図されない結果にまつわる権力と利益の影 響を受ける。 • そのため、組織のリーダーの能力が介在してく る。 50

51.

意思決定場面における人間とAIの相互補完性 以上より組織の意思決定は、不確実性、複雑さ、曖昧さに よって特徴付けられてくる 不確実性 未知のものに直 面して迅速で直 感的な決定を 下す。 「リアルタイム」 情報へのアクセ スを提供する (異常検出など)。 + 複雑さ 曖昧さ どこを探すかを 決めデータを収 集する。同等の データをサポート する選択肢から 選択する。 交渉し、コンセン サスを構築し、 サポートを結集 する。 データを収集、 キュレート、処理、 分析する。 + 感情を分析し、 多様な解釈を 表現する。 51

52.

AIについての理解(再考) • 結局、AIは、人間の知性への適合性の観点 からではなく、合理性と呼ばれる理想的パ フォーマンスの観点から評価されるべきものと 考えられる。 • これを前提として「正しいこと」を実行する場 合、AIはインテリジェントとして評価できる。 • 即ち、AIは問題を解決するために利用可能な 情報に基づいて合理的に機能するが、組織 の問題はその前提を満たしていない場合も 多い。 • そこで、組織の問題の内、上述の条件に合致 しそうな分野とそうでない分野を明確に分け て対処することが重要と思われる。 52

53.

組織のAIベース意思決定の状況 • 上述の観点では、組織内の既存のマーケティング データの80%は構造化されておらず、AIの活躍が 想定される。 • 従って、パターンの抽出や非構造化データ(画像、 テキスト、ビデオなど)からの予測に優れている DL(ディープラーニング)などのAI技術は基本的 に「正しいこと」を実行する意思決定に向いてい る。 • ただ、現在は、非構造化データを活用するのに 必要な技術的能力や準備(経営面、資金面な ど)が充分整っていない部門も多い。 53

54.

これからのAIベース意思決定について1 1. 従来型の機械学習のトレーニングコストは急速 に減少しているが、最新のディープラーニング の適用コストは高価な機器の登場もあり急激に 上昇している。 2. 種々の手法の登場で専門技術も高度化してお り、データサイエンティスト不足などの制約も増 している。 3. また、意図しない動作や結果を引き起こすリス クも発生しやすくなっている。 4. 従って、管理者は不測の事態への準備も必要 になっている。 5. 慎重さは必要であるが、大量データの生成によ り、従来手法維持は不可能なので、如何にAIを 使いこなすかに注力することが一層重要になって いる。 54

55.

これからのAIベース意思決定について2 1. 組織のリーダーの重要な能力は実行可能な ビジョンと目的を開発し、他の人にそれら決 定の不可欠性を納得させる能力である。 2. これには感情的・社会的知性が必要であり、 それが対人スキルを実践する際の基盤にな る。 3. このような複雑な社会システムの分析はAI の能力の範囲外になる傾向がある。 4. 従って、人間は曖昧な意思決定の根幹にあ る複雑な社会的・政治的ダイナミズムへの対 応において依然として比較優位を維持してい ることを前提にAIを活用する必要がある。 55