西洋美術史ゼミ第三回:ギリシア美術とローマ美術

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March 25, 22

スライド概要

隔週程度で行っている、世界史と西洋美術史の勉強会のスライドです。私は理系の学生なので厳密な考証は行っていませんが、可能な限り正確に書くことを心掛けたつもりです。今回は古代ギリシアの美術について扱っています。以下のURLからスライドと補足資料をダウンロードできます。
https://github.com/amazuun/Art_of_Europe

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理系の大学生です。近代以降の美術史や思想史、現代美術について興味があります。厳密な考証は行っていませんが、可能な限り正確に書くことを心掛けています。後の物の方が出来が良いので、最新のものを最初に読むことをお勧めします。githubからはスライドと補足資料をダウンロードできます。参考文献は補足資料に記載しています。

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各ページのテキスト
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西洋美術史ゼミ 第三回 ギリシア美術とローマ美術 発表者 あまずん

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発表者について あまずん Twitter : @quii_w (メイン) @amazuunsc(サブ) 理系の大学生(数学専攻)をやっていま す。 近代以降の美術史や思想史、現代美術に ついて興味があります。

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前回の内容 • 原始美術 洞窟絵画など。呪術的な要素が強い。 • 古代メソポタミア美術 支配者階級の美術。彩色土器や浮彫など。 • エジプト美術 時代に応じて理想主義、写実主義、色彩主義が生まれる。そのご 一神教のアマルナ美術が誕生。 この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY のラ イセンスを許諾されています

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本日の内容 • クレタ美術とミュケナイ美術(エーゲ海美術) • ギリシア美術 以上の事柄について、時代背景→美術の順番で説明を行います。 予定していた「エトルリア美術とローマ美術」は尺の都合で次回 に回します。時間が余れば軽く紹介しようと思います。 今回はかなり重いです。気張らずに聞いてください!

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全体の概略 • 古代ギリシアでは、ポリスという都市国家が形成され、分立し ていた。彼らは時には対立することもあったが、同胞意識を持 ち、人間性を重んじた。このような基盤があったため、ギリシ ア文化は人間中心の現世的な文化であった。 • ギリシア美術は東方からの影響を受けながら発展してゆき、 様々な建築や彫刻が生まれた。 • 今回はギリシア美術を時系列順にみていきます。

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本日の内容 • 当時の情勢について:エーゲ文明 • クレタ美術とミュケナイ美術 • 当時の情勢について:古代ギリシア • ギリシア美術 1. 原幾何学様式/幾何学様式 2. アルカイック美術 3. クラシック時代 • 当時の情勢について:ヘレニズム期 1. ヘレニズム時代

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当時の情勢について:エーゲ文明(1) • エーゲ文明はオリエント文明の影響を 受けてBC2000~1200に興った青銅器 文明。 • 前半(BC2000~1400)をクレタ(ミノ ス)文明、後半(1600~1200)をミュケ ナイ(ミケーネ)文明という。 • クレタ文明は海洋的、平和的な文明で あったが、ミュケナイ文明は戦闘的、 力感的な文明で対照的である。 この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY-SA のライセンスを許諾されています

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当時の情勢について:エーゲ文明(2) • トロイア文明(BC2600~1200) • 小アジアのトロイアで栄えるが、前12世 紀ごろに南下したアカイア人に滅ぼされ た。 • トロイの木馬とトロイア戦争は古代ギリ シアの詩人ホメロスの「イリアス」「オ デュッセイア」に書かれている。 • 美術史ではそれほど重要ではないので触 れません。 この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY のライセンス を許諾されています

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本日の内容 当時の情勢について:エーゲ文明 • クレタ美術とミュケナイ美術 • 当時の情勢について:古代ギリシア • ギリシア美術 1. 原幾何学様式/幾何学様式 2. アルカイック美術 3. クラシック時代 • 当時の情勢について:ヘレニズム期 1. ヘレニズム時代

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クレタ美術とミュケナイ美術(1) • クレタ文明は初期、中期、後期に区 分され、また前、古、新宮殿時代と も分けられる。 • 初期の終わりから中期にかけて (BC2000前後)にクレタ美術は初 めてその特質を明らかにし、それは “動き(捻転)”であった。 • “動き”はミノスの生活に根差したも ので、非オリエント的であっただけ でなく、非ギリシア的なものでも あった。

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クレタ美術とミュケナイ美術(2) • クレタ美術の最盛期は新 宮殿時代 (BC1700~1400)で、人 間、動物、植物などを自 由闊達に表す自然主義に 特徴を持つ。 この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY-SA-NC のライセンスを許諾されています

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クレタ美術とミュケナイ美術(3) • ミュケナイはBC1600ごろから歴史に名 を残している。 • 堅牢な城壁を張り巡らせた城塞と王宮を 兼ねる建築物に特徴をもつ。 • クレタ文明がアカイア人によって滅ぼさ れた後、BC1400ごろにミュケナイ人が クレタ島を征服し、それが刺激剤となっ てミュケナイ美術は最盛期を迎えた。 • この時期を境に抽象化された文様を主体 とし、末期には簡素化された人間や動物 の装飾モチーフが用いられるようになる。 この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY のライセンスを許諾されています

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本日の内容 当時の情勢について:エーゲ文明 クレタ美術とミュケナイ美術 • 当時の情勢について:古代ギリシア • ギリシア美術 1. 原幾何学様式/幾何学様式 2. アルカイック美術 3. クラシック時代 • 当時の情勢について:ヘレニズム期 1. ヘレニズム時代

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当時の情勢について:古代ギリシア(1) • ミケーネ文明崩壊後、暗黒時代(BC1200~800) に突入。混乱の時代が続き、方言の違いからギリ シア人はアカイア人、アイオリス人、イオニア人、 ドーリア人などに分かれた。 • 前8世紀ごろになると有力者が軍事的・経済的要 地に移住し(集住(シノイキスモス))、ポリス (都市国家)が生まれた • ポリスにはスパルタやアテネも含まれる。 • アテネでは貨幣の導入によって商業が発達し、富 裕な平民が現れ、その結果民主制が発展した。

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当時の情勢について:古代ギリシア(2) • 前6世紀後半にアケメネス朝がメディアを倒し、イ オニア植民地を支配下に入れたが、ここで起きた 反乱をアテネが支援したため、アケメネス朝はギ リシア本土へ遠征した。これがペルシア戦争であ る。 • 戦争の結果ギリシアは勝利し、戦争に参加した無 産市民は参政権を得た。 • アテネを中心とする200近いポリスはペルシアの再 来に備えてデロス同盟を結成したが、同盟を支配 したのはアテネだった。

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当時の情勢について:古代ギリシア(3) • アテネの繁栄に反感をもったスパルタがペロポネソス同盟を結 成し、デロス同盟との間でペロポネソス戦争が起こった。 • その結果ペルシアの支援を受けたペロポネソス同盟が勝利した が、ポリス間の抗争は続き、やがてスパルタはテーベに敗れる。 • また、アテネも扇動政治家の下で衆愚政治に陥り凋落する。 • その結果ポリスは内側から衰退した。

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本日の内容 当時の情勢について:エーゲ文明 クレタ美術とミュケナイ美術 当時の情勢について:古代ギリシア • ギリシア美術 1. 原幾何学様式/幾何学様式 2. アルカイック美術 3. クラシック時代 • 当時の情勢について:ヘレニズム期 1. ヘレニズム時代

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原幾何学様式 • 紀元前11世紀中頃から、器面を黒い線や水平帯によって区分し た装飾帯に波状線やコンパスによる同心円を配した陶器が作ら れ始める。これは以後の幾何学様式を予兆するものとして、原 幾何学様式と呼ばれている。 • 注意として、この特徴は末期のミュケナイ美術においても見受 けられるが、一部からは継承されているとはいえ全面的に繋が りがあるわけではない。

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幾何学様式時代(1) • 幾何学的なモチーフを用いた構成的な装 飾は紀元前925年からの幾何学様式時代 により顕著となる。 • 幾何学的形態による装飾は弥生美術など 世界各地の先史古代美術においても見ら れるが、ギリシア美術のそれが一線を画 すのはモチーフが幾何学的であるだけで なく、その配置、後世においても幾何学 的構成が認められること(≒デザイン的 に優れていること)である。 この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY-SA のライセンスを許諾 されています

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幾何学様式時代(2) • 幾何学様式中期(BC850~760)か ら人間や動物への関心が高まり、 厳格な幾何学的形態は弛緩してき ていた。 • この状況下で東方から動植物や空 想上の動物など新しいモチーフが ギリシアに伝わり、用いられるよ うになった。 • この時代を東洋化様式という。 • コリントスが積極的に取り入れ、 コリントス陶器(コリント式陶 器)を多く作った。 この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY-SA のライセン スを許諾されています

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幾何学的様式時代(3) • ギリシアではそれまでテラコッタ 製(素焼の粘土)や青銅製、木製 の小人形しか作られていなかった が、エジプト美術の影響を受けて、 紀元前7世紀から大彫刻が作られる ようになる。 • ファラオ像を手本とするこの彫刻 は、両足をわずかに前後させた男 性裸体像<クーロス>である。 この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY-SA-NC のライセンスを許諾さ れています

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本日の内容 当時の情勢について:エーゲ文明 クレタ美術とミュケナイ美術 当時の情勢について:古代ギリシア • ギリシア美術 1. 原幾何学様式/幾何学様式 2. アルカイック美術 3. クラシック時代 • 当時の情勢について:ヘレニズム期 1. ヘレニズム時代

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アルカイック美術(1) • クーロス像は自然な骨格と筋肉を持 つ人体像へと発展していった。 • 一方、オリエントに由来する女性立 像<コレー>は常に着衣の姿で、衣 服とひだを美しく表現することが課 題であった。 • 神殿建築も発展し、それまで用いて いたレンガと材木に替わって石材が 使用され、内陣の周囲に列柱を配し た周柱式神殿が発展していった。 この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY-SA のライセンスを許 諾されています

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アルカイック美術(2) • 巨大神殿の建築装飾として浮彫も発達し た(メトープ、フリーズ)。この時期か ら、ギリシアの彫刻家は静止像に動勢を、 運動像に瞬間の静止をいかに表現するか という課題を意識し始める。 • 静止像に動勢を与えるということはいか に生命力を表現するかということで、こ れに対する方策の一つがアルカイックス マイルである。 • そのため、体全体で生命感を表現できる ようになった後世では必要性が無くなる。 この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY-SA のライセンスを許諾 されています この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY-SANC のライセンスを許諾されています

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アルカイック美術(3) • 陶磁画について、アッティカが黒像式の 技法を確立。この技法では人体を黒いシ ルエットで塗り、その中に細部を刻線で 描く。 • 黒像式の巨匠としてアマシスの画家とエ クセキアスが挙げられる。前者は神々を 人間味あふれる姿で描き、後者は逆に人 間を神々のごとく崇高に描いた。両者の 世界は神人同形(アンソロポモルフィズ ム)に由来していて、クラシック期の美 術を予告している。

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アルカイック美術(4) • 前述した二人の天才によって黒 像式が探求されつくされた後、 赤像式という新しい技法へ転換 する。この技法では、赤い地の 上に人物を筆で書き、背景を黒 く塗りつぶすという方法を取る。 この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY のライセンスを許諾されています

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本日の内容 当時の情勢について:エーゲ文明 クレタ美術とミュケナイ美術 当時の情勢について:古代ギリシア • ギリシア美術 1. 原幾何学様式/幾何学様式 2. アルカイック美術 3. クラシック時代 • 当時の情勢について:ヘレニズム期 1. ヘレニズム時代

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クラシック時代(1) • BC480~323までをクラシック時代といい、 ギリシア美術の黄金期であった。出来事 でいえばペルシア戦争で勝利し、アテネ がギリシア世界の覇権を獲得した時期で ある。 • 大きな特徴として、彫刻が直立不動のも のからより自然体のもの(コントラポス ト)へ変化していくことが挙げられる。 • また、建築についても発展し、その成果 がパルテノン神殿に結晶した。 この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY-NC-ND のライセンスを許 諾されています

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クラシック時代(2) • 紀元前5世紀前半の彫刻は、直立不動の 硬直した姿勢から、片方の足に体重をか け、もう片方の足はバランスを取るだけ の安らいだポーズへと発展する。 • このポーズはコントラポストと呼ばれる。 • このようなクラシック様式初期段階の彫 刻を厳格様式という。 この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY-SA のライセン スを許諾されています

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クラシック美術(3) • 古代ギリシアにおいて様々な建築 規格があった。 • そのなかの一つであるドーリス (ドリス、ドーリア)式オーダー によってパルテノン神殿は建設さ れた。 • ドーリス式オーダーの特徴は柱頭 が簡素なことであり、しばしば荘 重と表現される。(柱頭は柱の上 部の梁と接する部分) この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY-SA のライセンスを許 諾されています

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クラシック美術(4) • 参考として、古代ギリシアにおける他の主要な建築様式である イオニア式、コリント式の柱頭を示しておく。 この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY-SA のライセンス を許諾されています イオニア式(渦巻き飾り) コリント式(アカンサスの葉)

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本日の内容 当時の情勢について:エーゲ文明 クレタ美術とミュケナイ美術 当時の情勢について:古代ギリシア • ギリシア美術 1. 原幾何学様式/幾何学様式 2. アルカイック美術 3. クラシック時代 • 当時の情勢について:ヘレニズム期 4. ヘレニズム時代

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当時の情勢について:ヘレニズム期(1) • ペロポネソス戦争後、ギリシアのポリ スは衰退したが、北方のマケドニアは 発展した。 • フィリッポス2世がBC338にカイロネ イアの戦いでテーベ・アテネ連合軍を 破り、全ギリシアを統一した。 • さらにコリントス同盟を作り、スパル タを除く全ポリスを参加させ、同盟を 支配した。 この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY-SA のライセン スを許諾されています

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当時の情勢について:ヘレニズム期(2) • フィリッポス2世の子アレクサンドロス大王 はマケドニア・ギリシアの連合軍を率いてペ ルシア帝国討伐のために東方遠征をおこなっ た。 • アケメネス朝を滅ぼし、大王は東西に渡る大 帝国を築いた。 • 東方遠征から帝国の滅亡まで(BC338~30) をヘレニズム時代と呼ぶ。 • ギリシア文化が東方に伝わり東西の文化が融 合し、ヘレニズム文化が生まれた。

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当時の情勢について:ヘレニズム期(3) • 以下はアレクサンドロス帝国の領域である。 この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY-SA のライセンスを許諾されています

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本日の内容 当時の情勢について:エーゲ文明 クレタ美術とミュケナイ美術 当時の情勢について:古代ギリシア • ギリシア美術 1. 原幾何学様式/幾何学様式 2. アルカイック美術 3. クラシック時代 • 当時の情勢について:ヘレニズム期 4. ヘレニズム時代

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ヘレニズム時代(1) • 前述した通り、ヘレニズム期は社会的、経 済的に大きな変化が起こり、それは美術に も大きな変化を与えた。 • 紀元前三世紀中頃から「美術の産業化(大 衆化)」が顕著となる。つまり、富裕な市 民が住宅に壁画や彫刻を置いたり、豪華な 装身具を身に着けたりした。 • このため古典主義美術の伝統が一時途絶え たものの、末期になると古典主義復興が起 こった。 この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY-SA のライセ ンスを許諾されています

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ヘレニズム時代(2) • ヘレニズム期の大衆美術の特徴は、 激情的で激しいパトスに満ちており、 また構成は空間的(≒どこから見て も作品が成り立つ)ことである。 • 代表的な作品は「サモトラケのニ ケ」「ラオコーン像」である。 この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY-SA-NC のライセンスを許諾されていま す この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY-SA-NC のライセンスを許諾され ています

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ヘレニズム時代(3) • 末期ヘレニズム期の美術では古典主義 復興が起こった。 • 古典主義の特徴は、静穏であることと、 構成が正面的(≒鑑賞する方向が指定 されている)ことである。 • この運動の作品として主なものとして 「ミロのヴィーナス」がある。 この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY-ND のライセンスを許諾されています

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次回の内容(1) • 栄華を極めたギリシアであったが、最 終的にはローマ帝国に滅ぼされてしま う。ローマにギリシア文化がもたらさ れた当時は、ローマ美術はその模倣で あったが、しかし次第にローマ固有の 表現が培われていく。 • また、キリスト教が成立するのもこの 時期である。 • 関連するワード 1. コロッセオ この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY-SA のライセンスを許諾されています

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次回の内容(2) 誕生以後1500年以上にわたり東西ヨーロッパ 文化の中核を担うこととなるキリスト教美術 ですが、その初期の姿はどのようなもので あったのでしょうか。また、中世という時代 において、どのように発展していったので しょうか。次回は中世の美術について考えて いきます。 • 関連するワード: 1. 初期キリスト教美術 2. ビザンティン美術 この写真 の作成者 不明な作成者 は CC BY-SA のライセンスを許諾さ れています