見えない毒性因子―マイクロ・ナノプラスチックがもたらす脳・血管への脅威―

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December 05, 25

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2025年12月4日,日本臨床麻酔学会第45回大会@名古屋にて講演させていただいた内容です.

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岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野 教授

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1.

第45回日本臨床麻酔学会 招請講演 見えない毒性因子 ーマイクロ・ナノプラスチックがもたらす 脳・血管への脅威ー 下畑 享良 岐阜大学大学院医学系研究科 脳神経内科学分野

2.

日本神経学会 COI 開示 筆頭発表者:下畑 享良 岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野・教授 本演題の発表に際して開示すべきCOIはありません.

3.

本講演の目的 • 近年,マイクロ・ナノプラスチック(micro- and nanoplastics;MNPs)は, 人体への直接的な健康リスクをもたらす新たな危険因子として注目 されている. • MNPsの基礎知識と,脳血管障害や認知症への影響について判明し ていることを提示し,問題提起を行いたい. • また同じく環境因子である大気汚染(PM2.5)による影響や,術後の 認知機能低下(POCD)についても議論したい.

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MNPs総論

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マイクロプラスチックとナノプラスチック 走査電子顕微鏡で観察可能 観察が難しい https://www.chemistryworld.com/features/one-of-these-vials-is-contaminated-withnanoplastics-chemistry-can-tell-us-which-one/4019459.article

6.

走査型電子顕微鏡で 観察が可能なマイクロプラスチック Primary(意図的添加) 化粧品のマイクロビーズ Science. 2024 Oct 25;386(6720):eadl2746. Secondary(大型プラスチックの劣化・破砕) 自動車タイヤからの粒子 布地からの繊維

7.

フランスの検討でマイクロプラスチックは ガラス瓶入り飲料に多く含まれる J Food Composit Anal 144 (2025) 107719 ガラス瓶に多い(ビール 95.9/L) 瓶のキャップが液体に触れる部分が プラスチックシールされているため. 事前に洗浄することで飲料中のMPsが 約3分の1に減少する.

8.

近年の発展によりナノ領域も測定可能になった! 手法の分類 具体的手法 主な長所 検出限界の目安(粒径) 分光・顕微法 SEM-EDS (走査型電子顕微鏡–エネルギー分散型X線分析) 粒子サイズ・形状・個数に強い 約0.1 µmまで µ-Raman (マイクロラマン分光法) 粒子サイズ・形状・個数に強い 約1 µmまで µ-FTIR (マイクロフーリエ変換赤外分光法) 粒子サイズ・形状・個数に強い 約10 µmまで LDIR (レーザー直赤外イメージング) 粒子サイズ・形状・個数に強い 約10 µmまで Py–GC–MS (熱分解–ガスクロマトグラフィー–質量分析法) 元の高分子(ポリマー)の種類を 推定・同定できる しかし粒径情報は得られない ナノ領域も測定可能 質量分析法

9.

ペットボトルから7種類のナノプラスチックが多量に 検出される(1Lに24万個:2.4X105含まれ,90%がナノプラスチック) Proc Natl Acad Sci U S A. 2024 Jan; 121(3):e2300582121. µ-Raman(マイクロラマン分光法)

10.

熱湯を使用するティーバッグは ナノプラスチックの放出量が非常に多い Chemosphere. 2024 Nov;368:143736. S1. ナイロン(NY6) 8.18 × 10⁶個/mL (138.4 nm) S2. ポリプロピレン(PP)製 1.20 × 10⁹個/mL(約12億個) (136.7 nm) S3. セルロース(CL)製 1.35 × 10⁸個/mL (244.7 nm) ムチン産生腸細胞(HT29MTX)での吸収が多い

11.

ではMNPsとは何なのか?

12.

マイクロプラスチックは2004年に初めて概念化され, 5 mm以下のプラスチック片として定義された マイクロプラスチック サイズ 5 mm以下(1 m以上) プラスチックポリマー+添加された化学物質※ 特徴 吸収 16000種類以上 製造時点で5mm以下に加工されたものと, 摩耗や分解によって生成されたものがある. 発がん性物質,神経毒性物質, 吸収される. 環境ホルモン(内分泌撹乱物質) 体内動態 通常は消化管内にとどまる 毒性 ※添加された化学物質は,なんと 消化管を物理的に詰まらせたり,吸着した有害 物質を体内に移行させる可能性 を含む

13.

マイクロプラスチックは2004年に初めて概念化され, 5 mm以下のプラスチック片として定義された サイズ 特徴 吸収 マイクロプラスチック ナノプラスチック 5 mm以下(1 m以上) 1 m未満 プラスチックポリマー+添加された化学物質 プラスチックポリマー+添加された化学物質 製造時点で5mm以下に加工されたものと, 摩耗や分解によって生成されたものがある. 吸収される. 体内動態 通常は消化管内にとどまる 毒性 消化管を物理的に詰まらせたり,吸着した有害 物質を体内に移行させる可能性 より吸収されやすい. さまざまな臓器に蓄積しうる サイズが小さく,細胞膜を通過し,より深刻な 細胞レベルの影響を及ぼす可能性

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とくに3つの有害化学物質の混入は注意すべき Proc Natl Acad Sci U S A. 2024 Dec 24;121(52):e2412714121. 化学物質 ビスフェノールA 環境ホルモン 用途 毒性・健康影響 心血管系: 虚血性心疾患(IHD),高血圧,脳卒中 食品容器,飲料容 代謝系: 糖尿病,肥満 器,乳児用ボトル 内分泌系: 多嚢胞性卵巣症候群 フタル酸ジ-2-エチル 工業用食品包装材,内分泌系: 男性生殖器の先天異常,血清テストステロンの低下 ヘキシル 家庭用品,電子機 循環器系: 高血圧,心疾患 環境ホルモン 器,化粧品 全身的影響: 全死亡率の増加 臭素系難燃剤 神経発達毒性 電子機器,合成繊 神経毒性: 母体曝露による胎児のIQ低下,神経発達障害 維,家具,カーペット 内分泌系: 甲状腺機能低下症 (耐熱作用) その他: 不妊症,喘息,糖尿病のリスク増加

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MNPs曝露の経路 Nat. Med. 31, 2873–2887 (2025) JAMA Netw. Open 7, e2440018 (2024) 体外からの曝露 • 主に吸入・経口・皮膚の3経路 • 経鼻,経静脈でも取り込まれることが判明 医療行為からの 曝露 • 透析,心臓手術,輸液チューブ,人工関節など (経静脈性) 職業曝露 • 繊維産業,3Dプリンティング,プラスチック製造・ リサイクル建設業における空中繊維・粉じんへの曝露

16.

多くの臓器に取り込まれる Science. 2024 Oct 25;386(6720):eadl2746. • ヒトのさまざまな臓器(血液,肝,腎, 大腸,胎盤,乳汁など)から検出され, 潜在的な健康リスクが浮上している. • この論文では脳の記載はなかった.

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Nat. Med. 31, 2873–2887 (2025).

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Nat. Med. 31, 2873–2887 (2025). 脳はナノプラスチック! ヒト組織・体液での含有量 脳 4,917 µg/ml 肝臓 433 µg/ml 腎臓 404 µg/ml 精巣 328 µg/ml 胎盤 126 µg/ml 血液 1.1–80 µg/ml

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Nat. Med. 31, 2873–2887 (2025). 細胞レベルでの影響 肺細胞 酸化ストレス,DNA損傷,形態変化, 細胞死↑ 細胞生存率,酸素消費率(OCR)↓ 神経細胞 酸化ストレス,血液脳関門破綻↑ 神経前駆細胞発達に重要な遺伝子 発現↓ 血管内皮細胞 酸化ストレス,サイトカイン↑ 細胞生存率↓ 肝細胞 酸化ストレス,細胞死,サイトカイン, AST・ALT↑ 細胞生存率,抗酸化分子,増殖↓ 腸管細胞 酸化ストレス,サイトカイン,腸管 バリア破綻,DNA損傷↑ 細胞生存率,ミトコンドリア膜電位↓

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ナノプラスチックは血液脳関門を通過する ★血液脳関門 Particulate matter < 2.5 m Nature. 2025; 638: 311-313

21.

小括1 • ナノプラスチックの測定が可能になり,ペットボトル飲料水などに大量に含まれることが, 近年,明らかになった. • ナノプラスチックは体内に吸収されやすく,全身の臓器に蓄積し,かつ血液脳関門を 通過して,脳に高濃度で蓄積しうる. • プラスチックに含まれる有害化学物質の悪影響にも着目する必要がある.

22.

脳血管・脳虚血への影響 (ヒト)

23.

頸動脈プラークの58%から MNPsが検出された! N Engl J Med. 2024 Mar 7;390(10):900-910. • イタリア2施設からの前方視的研究. • 頸動脈内膜切除術を受けた150/257人(58%)の切除プラークからポリエチレンを検出. 31/257人(12.1%)でポリ塩化ビニルを検出. 透過型電子顕微鏡 頸動脈プラークのマクロファージ 内外のプラスチック粒子

24.

頸動脈プラークにおけるMNPsの存在は 心血管イベントを増加させた!! プラークにMNPsが検出された患者では, 34ヵ月の追跡期間において一次エンド ポイントイベント(心筋梗塞,脳卒中, または何らかの原因による死亡)の複合 リスクが高かった(ハザード比4.53; P<0.001). N Engl J Med. 2024 Mar 7;390(10):900-910.

25.

MNPsがプラーク中の炎症反応を 著しく増加させたことが原因? N Engl J Med. 2024 Mar 7;390(10):900-910. MNPs陽性プラーク:IL-18,IL1-β,TNF-α,IL-6,CD3,CD68が高い. 自然免疫活性化 神経炎症 T cell, macrophage

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MNPsはさまざまな血栓に存在し, D-ダイマー高値をきたす. • 中国からの報告で,患者30人の脳動脈, 冠動脈,下肢深部静脈の血栓を検討した. • 虚血性脳卒中,心筋梗塞,深部静脈血栓症 患者から得た血栓の80%(24/30)でMNPsを 検出し,濃度は61.8,141.8,69.6μg/g(中央値) であった. • MNPs検出群のD-ダイマーは高値であった (8.3±1.5μg/L vs 6.6±0.5μg/L,p<0.001). eBioMedicine. 2024 May;103:105118. 血栓中に認められたMNPs.形状は不均一であった.

27.

MNPs濃度は血栓のサイズには影響しないが, NIHSSスコアは高値になる! eBioMedicine. 2024 May;103:105118. • 虚血性脳卒中に限定すると,MNPs濃度と血栓の 大きさに関連はなし. • 濃度が高い患者ではNIHSSスコアは有意に高値 であった(22.0±7.5 vs 12.6±3.5,p<0.05). • NIHSSスコアと血栓中濃度との間に正の相関を 認めた(調整β=7.72,p<0.05). • 後方循環の濃度は前方循環より高い傾向だった (131.1μg/g対60.68μg/g). 高濃度で重症化 後方循環で濃度高い傾向

28.

マイクロプラスチック濃度が高い地域ほど 糖尿病,冠動脈疾患,脳卒中の有病率が高い J Am Heart Assoc. 2025 Jun 18:e039891 • アメリカ沿岸152郡のデータを用いて,海水 中のマイクロプラスチック濃度が高い地域 ほど,2型糖尿病,冠動脈疾患,脳卒中の 有病率が高いことが示された. • 年齢や社会経済状況などを調整しても関連 は残り,マイクロプラスチックが心血管・ 代謝疾患の新たなリスク要因となる可能性 が示唆された.

29.

マイクロプラスチック濃度が高い地域ほど 糖尿病,冠動脈疾患,脳卒中の有病率が高い J Am Heart Assoc. 2025 Jun 18:e039891 MP濃度が非常に高い地域 • 2型DMが1.18倍, • 冠動脈疾患が1.07倍, • 脳卒中が1.09倍 と有意に高かった.

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脳血管・脳虚血への影響 (動物) 全脳虚血モデルの1研究のみ

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ラット全脳虚血モデルにおいて, MPsはBBBを通過し神経細胞死を増強する 8週齢オス Sprague Dawleyラット ポリスチレン製マイクロプラスチックを添加 (直径0.5 µm,50 mg/kg) 全脳虚血前後計2週間経口投与(過量投与) • • • • 脳血管内皮の損傷 ミクログリアへの取り込み 過剰な炎症反応(IL-6,TNF-α↑) 微小管関連タンパク(MAP2)や髄鞘 (MBP)の損傷,リン酸化タウ増加, • 神経細胞死 • 運動・認知機能↓ 神経細胞の壊死・変性 Cells, 14(4), 241. https://doi.org/10.3390/cells14040241

32.

全脳虚血がMPsにより増悪する機序 Cells, 14(4), 241. https://doi.org/10.3390/cells14040241

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全脳虚血がMPsにより増悪する機序 Cells, 14(4), 241. https://doi.org/10.3390/cells14040241 ミクログリアの 過剰な活性化 サイトカイン ケモカイン放出 酸化的ストレス 【神経炎症】 髄鞘・微小管 の損傷 神経細胞死 タウ放出

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小括2 • 頸動脈プラークの約6割からMNPsが検出され,心筋梗塞・脳卒中リスクを増加させる. • MNPs陽性プラークにおける炎症性サイトカインの上昇が,予後の増悪に関与している (IL-1β, IL-6, TNF-αなど). • 各種血栓からもMNPsが検出され,濃度高値例ほど重症化する. • 海洋中MNPs濃度の高い地域ほど心血管疾患・脳卒中の有病率が高く,海洋汚染と 健康被害が密接に関連している.

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認知機能への影響 (ヒト)

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•. 2025 Apr;31(4):1114-1119. 苛性ソーダ(NaOH)で溶解した脳組織から 約10gのプラスチック粒子が抽出された(クレヨン1本分の重さ) Nat Med. 2025 Apr;31(4):1114-1119.

37.

認知症患者脳で血管壁や炎症細胞周囲に 屈折性粒子(=ナノプラスチック)が多く認められた Nat Med. 2025 Apr;31(4):1114-1119. 偏光顕微鏡 免疫細胞の集積部位(上段)や 血管壁沿い(下段)に目立つ この研究はMNPsと認知症の因果関係 を直接証明したものではないが, 明らかにその関係は疑わしく,認知症 の新たな危険因子としてMNPsを検討 する必要性を示唆する.

38.

中国からの研究で,ヒト脳脊髄液(CSF)から マイクロプラスチック(MPs)が検出された. He P, et al. J Hazard Mater. 2025;494:138748.  主にポリエチレン(PE)とポリ塩化ビニル(PVC)が多い.  アミロイドPET陽性群17例では,陰性群15例に比べ, PEとPVCの濃度が有意に高かった.  PE濃度はCSF中のAβ42低下やMMSEスコア低下と 負の相関を示した.  1年間の追跡で,CSF中PEが高い患者ほど認知機能 の悪化が速かった.  ペットボトル水の摂取頻度が,CSF中MPsの蓄積と 関連した.

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中国からの研究で,ヒト脳脊髄液から マイクロプラスチック(MPs)が検出された. He P, et al. J Hazard Mater. 2025;494:138748. ② 脳脊髄液中の マイクロプラスチック↑ ③ 神経変性 ① ペットボトルからの飲水 ⑤ 認知機能 低下 ④ アミロイドβ凝集

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マイクロプラスチック濃度が高い地域ほど 認知や移動に関連する障害が多い Eur J Neurol. 2025 May;32(5):e70144. • 米国沿岸の218の郡を対象に,海洋水中の MP濃度と,神経障害の関連を検討した 横断・生態学的研究. • 年齢や慢性疾患,社会経済的要因などを 調整した結果,MPs濃度が非常に高い郡で 認知障害:15.2%(有病率比PR: 1.09) 歩行・階段昇降障害:14.1%(PR: 1.06) セルフケア障害:4.2%(PR: 1.16) 自立生活障害:8.5%(PR: 1.08) が有意に高かった. 青;認知障害の有病率 オレンジ;MPs濃度

41.

認知症への影響 (動物・in vitroモデル) 中国から複数の研究 ポリスチレン・ナノプラスチック (PSNPs)は均一で扱いやすい

42.

PSNPは健常ラットにおいて, 行動異常と認知機能障害を誘発する J Toxicol Sci. 2025;50:507-21. • 健常ラットに対する環境レベルのPSNPsの経口曝露により,不安様行動と学習記憶障害 を引き起こした. • 海馬ではグルタミン酸濃度上昇,NMDA受容体サブユニットやシナプス可塑性関連遺伝 子の発現低下,ミクログリア増生,炎症性サイトカインの上昇が認められた. コントロール 低用量PSNPs 高用量PSNPs Iba1陽性細胞

43.

PSNPsはAβによるフィブリル形成を抑制して オリゴマーを増加させて神経毒性を増強する J Hazard Mater. 2024;465:133518. 70 nmのPSナノ粒子とAβ42を,異なる濃度で24時間インキュベートした際の凝集過程. • 通常条件ではAβ42はフィブ リルへと進展する • PS存在下ではフィブリル形成 が抑制され,多数の球状, もしくは大きなオリゴマーが 観察される.毒性の高い 中間体と考えられる.

44.

PSNPsはミクログリアによるAβクリアランスを阻害し, Ecotoxicol Environ Saf. 2025;299:118379. AD病理を悪化させる • ADモデルマウスに,PSNPsを経口摂取させると,ミクログリアが用量依存的に貪食する PSNPsによってミクログリアがリソソーム障害のためピロトーシス(炎症性のプログラム 細胞死)に陥り,Aβを取り除く役割を果たせなくなり,Aβが増加し,認知機能が低下する.

45.

MNPsによる神経変性の機序(仮説) 酸化的 ストレス 化学物質を 運ぶ担体と して作用. MNPsは疎 水性が強く 勇気汚染物 質や重金属 を脳に運ぶ Front Neurol. 2025;16:1581109. 神経炎症 カスケード アミロイド 病理の 促進

46.

AD以外の認知症への影響 (動物・in vitroモデル) レビー小体←αシヌクレイン レビー小体型認知症

47.

ナノプラスチックがαシヌクレインと強固に 結合し,フィブリル形成を著しく加速する • αSynによるフィブリル形成の In vitroの実験系. • PSNPsを添加すると,PSNPsに αSynが集まり,早期から放射状 にフィブリルが形成される. • ナノプラスチックがαSyn凝集の 「核」として機能している. Science Advances. 2023;9:eadi8716.

48.

ナノプラスチックのみでは広がらないが, αSynフィブリルと投与すると顕著に伝播する Science Advances. 2023;9:eadi8716. 線条体に投与する • フィブリル単独投与(赤)では線条体からの伝播は限定的である. • ナノプラスチック(緑)をフィブリルと一緒に投与すると顕著に伝播する.

49.

ナノプラスチックはエンドサイトーシスで取り込まれ, Science Advances. 2023;9:eadi8716. リソソームに到達し,その機能を障害する 通常,エンドサイトーシスで 取り込まれたαSynは リソソームで分解できる ①ナノプラスチックによる αSyn凝集の促進 ②ナノプラスチックによる リソソーム機能の障害

50.

プラスタミネーションの提唱 プラスチック(plastic)+汚染(contamination) Mov Disord. 2025;40:1528-33. • パーキンソン病患者の増加は加齢だけでなく,環境因子の関与が示唆されている. • MNPsは消化管から血液脳関門を通過したり,嗅覚伝導路でも脳に到達する. • 腸内細菌叢の変化や腸管バリア破綻,炎症を介してαシヌクレイン凝集を悪化させる 可能性がある. • MNPsはαシヌクレインに結合し,フィブリル化や封入体形成を促進する. • MNPsはパーキンソン病の新たな環境リスク因子と考えられ,排出削減が必要である.

51.

プラスタミネーションの提唱 プラスチック(plastic)+汚染(contamination) 皮膚の接触 吸入 Mov Disord. 2025;40:1528-33. 経口摂取 ミクログリア活性化 酸化的ストレス オートファジーの障害 ミトコンドリア機能障害 αシヌクレインオリゴマー化・凝集の促進 局所の炎症 ディスバイオ―シス 全身の炎症

52.

パーキンソン・パンデミックの原因は MNPsをはじめとする環境因子の増悪!? JAMA Neurol.2018;75:9-10. 単なる高齢化の影響ではなく, 地球環境の悪化の表れではないか? • MNPs • 農薬 • PM2.5

53.

小括3 • ヒト脳・CSFに存在するからMNPsが,アルツハイマー病やパーキンソン病の病態に 関与している可能性がある. • 動物実験では,MNPsが病因タンパクの凝集を促進し,伝播させ,神経炎症を招くこと, またリソソーム機能を抑制し分解を妨げることが示唆されている. • 海洋中MNPs濃度の高い地域ほど認知症の有病率が高く,認知症が海洋汚染と密接 に関連している可能性がある • プラスタミネーションが神経変性疾患の新たな危険因子になる可能性がある.

54.

大気汚染(PM2.5)でも 同様の報告がなされ始めた 浮遊粒子状物質

55.

PM2.5曝露はアルツハイマー病の進行を 悪化させる(剖検602例の検討) JAMA Neurol. 2025 Sep 8:e253316. PM2.5曝露が1㎥あたり1μg増加するごとにAD神経病理変化(老人斑・神経原線維変化) のオッズ比は1.19と上昇し,臨床的にもCDR-SBスコアが平均0.48ポイント悪化した. PM2.5曝露の影響が主に AD病理に集中していること αSyn TDP43 が示唆される.

56.

PM2.5曝露とCDR-SBスコアの関連の63%が AD病理変化を介している JAMA Neurol. 2025 Sep 8:e253316. つまりPM2.5曝露はAD病理を 進行させ,その結果として 認知症の重症度に影響している

57.

PM2.5濃度が高いほど,αシヌクレイノパチーによる Science. 2025;389(6716):eadu4132. 入院率が高くなる • 米国のMedicare受給者5,650万人超を対象とした大規模コホート研究 • Aは米国全土のPM2.5濃度分布(東部で高い). • Bはパーキンソン病(PD),PDD,DLBによる入院率の分布 → PM2.5濃度とよく似た地理的パターン.

58.

PM2.5濃度は認知症を認めるパーキンソン病 患者の予後を悪化させる Science. 2025;389(6716):eadu4132.

59.

PM2.5暴露はαシヌクレインを介して 神経変性を増悪させる Science. 2025;389(6716):eadu4132. • 野生型マウスに慢性的にPM2.5を曝露 させると,脳萎縮や認知障害,リン酸化 αSynの広範な沈着とリン酸化タウの 異常蓄積が広範に出現した. • 一方,αSyn欠損マウスでは,こうした 変化はほとんど認められなかった. • PM2.5による神経変性がαSyn依存性 であることが分かった.

60.

PM2.5がαSynの構造を変化させ,通常とは異なるフィブリル (PM-PFF)を生み出し,LBD様認知障害を促進する. Science. 2025;389(6716):eadu4132. • 米国,中国,欧州において採取したPM2.5は いずれもαSynに構造変化を引き起こし, PM2.5-induced preformed fibril(PM-PFF)と 名付けたフィブリルを形成した. • 通常のαSyn線維よりも凝集が速く,分解さ れにくく,強い神経毒性を示し,ヒトLBD由来 のαSyn株と非常に類似していた. • ヒト化αSynマウスにこのPM-PFFを接種す ると,運動障害よりも認知障害が目立ち, 遺伝子発現の変化もLBD患者に近いパター ンを示した. 環境因子がαSynの株(strain)の「多様性」を決定づける?

61.

Shah K et al. Pract Neurol. 2025 11/07/2025 Nanoplastics

62.

手術後の認知機能低下 Post-operative cognitive dysfunction; POCD

63.

POCDの原因は明確ではないが, 複数の要因が関与する可能性がある Biomed Pharmacother. 2023;162:114741. J Integr Neurosci. 2025;24(1):1–15. • POCDは,手術や麻酔の後に一過性または持続的に生じる認知機能の低下を指す. • 記憶力・注意力・実行機能などが低下する. • 器質的脳損傷はない. • 複数の要因の関与が示唆されている. 周術期の侵襲(手術・麻酔) → 全身炎症(DAMPs, NF-κB, NLRP3) → BBB破綻・神経炎症 → ミトコンドリア障害・酸化ストレス → シナプス可塑性低下・神経変性 → 認知機能低下(POCD)

64.

手術と麻酔は種々の病態から 神経炎症をきたし,POCDをもたらす 全身炎症・腸内環境変化・麻酔薬の影響・ 概日リズム障害・エクソソーム障害・ オートファジー障害・非コードRNA変化 Biomed Pharmacother. 2023 Nov;167:115582. 神経炎症 認知機能低下

65.

POCDが手術環境におけるMNPs曝露による生じる可能性 ①手術室は「高密度プラスチック環境」 Environ Int. 2022 Dec;170:107630. • 手術器具,輸液ライン,人工呼吸器回路, 麻酔用チューブ,縫合糸,防護具(ガウ ン・手袋・マスク),シリンジ,点滴ボトル など,多くがポリエチレン,ポリプロピレン, ポリ塩化ビニル,ポリスチレンなどのプラ スチック素材. • これらは摩耗・加熱・摩擦・紫外線照射 などにより大量のMNPsを発生させる. https://healthcare-in-europe.com/en/news/microplastics-surgical-operating-theatre.html

66.

POCDが手術環境におけるMNPs曝露による生じる可能性 ①手術室は「高密度プラスチック環境」 Environ Int. 2022 Dec;170:107630. • MPsは手術環境中に 1,924 ± 3,105個/ m²/日 の濃度で存在した. • MPsの量は,手術が行われている稼働 時間中に最も多く,休日は低下する. • 最も多く検出されたものはポリエチレン テレフタレート(PET)であった. • ナノプラスチックの測定なし.

67.

POCDが手術環境におけるMNPs曝露による生じる可能性 ②麻酔・輸液ラインを通じた曝露 iScience. 2023 Nov 14;26(12):108454. • 静脈注射や輸液によってMNPsが直接血中に侵入する可能性を検証した研究. • PVC製の輸液バッグやチューブから,直径1.7〜83 nmのPVC粒子が放出されることを 確認した.250 mLの輸液で平均0.52 mg(10⁵〜10¹¹個)のPVC-MNPsが検出され,PVC製品 で放出量が多く,5%ブドウ糖液では生理食塩水よりも多かった. • 輸液量が増えるほど溶出するMNPsの量も増加し,250 mLのときに比べて1000 mLでは およそ7倍の粒子が検出された. • 以上より,静脈内投与はMNPsが体内に侵入する新たな経路であることが示された.医療 用プラスチック製品の材質や使用基準の見直しが求められる.

68.

小括4 • PM2.5曝露はアルツハイマー病病理を悪化させ,認知症重症度を増悪する. • PM2.5濃度の高い地域では,認知症を伴うαシヌクレイノパチーが増悪する. • PM2.5がαシヌクレイン構造を変化させ,毒性を増強させる. • 手術室は高密度プラスチック環境であり,POCDの危険因子である可能性がある. • 輸液の静脈内投与は,MNPsの体内への新たな侵入経路である.

69.

どのように対策をすべきか?

70.

欧州と比較して日本では対策が遅れている. 項目 欧州 プラスチック削減が法的に整備. 規制の厳しさ (化粧品中のMPsの使用が禁止) (仏:洗濯機のフィルター義務化) 調査研究 啓発活動 食品や飲料水の汚染調査が活発. 人体への影響も調査. 市民の意識が高い. 教育プログラムや啓発活度も盛ん.

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欧州と比較して日本では対策が遅れている. 項目 欧州 日本 プラスチック削減が法的に整備. 規制の厳しさ (化粧品中のMPsの使用が禁止) 直接規制は準備中. (仏:洗濯機のフィルター義務化) 調査研究 啓発活動 食品や飲料水の汚染調査が活発. 海洋環境への影響研究が中心. 人体への影響も調査. 人体への影響調査は遅れている. 市民の意識が高い. 啓発活動は限定的. 教育プログラムや啓発活度も盛ん. 企業や自治体が中心.

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個人と社会が行うこと 個人レベル • ペットボトル飲料やティーバッグなどの消費を 減らすこと • 合成繊維製品の使用を控えること • 電子レンジでプラスチック容器を加熱しないこと 社会レベル • 食品・飲料のプラスチック包装を減らすこと • MNPsの生産量を削減すること • 人体への影響の調査や治療開発を行うこと 水野 玲子 著.高文研刊(2025)

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MNPs 曝露を減らすための毎日の推奨事項 Shah K et al. Pract Neurol. 2025 11/07/2025

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MNPs 曝露を減らすための毎日の推奨事項① Shah K et al. Pract Neurol. 2025 11/07/2025 1.水道水または逆浸透フィルターでろ過した水を飲み,プラスチックボトル に保存された水は避ける. 2.高度に加工された食品の摂取を減らす. 3.汎用プラスチックや使い捨てプラスチックを使用しない. 4.食品をプラスチック容器で加熱したり保管したりすることを避ける. 5.発泡プラスチックを避ける.ポリスチレン,ポリ塩化ビニル,ポリカーボ ネート製プラスチックを避ける.

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MNPs 曝露を減らすための毎日の推奨事項② Shah K et al. Pract Neurol. 2025 11/07/2025 6.プラスチックで保管されていた食品は,ろ過水または水道水で洗い流す. 7.抗酸化物質と食物繊維が豊富な食品を摂取する. 8.家庭内にHEPAフィルターを設置するか,HEPAフィルター付きの掃除機を 使用する. (High Efficiency Particulate Air Filter) 9.洗濯機フィルターを設置し,洗濯によって生じるマイクロプラスチック汚染 繊維を減らす. 10.高リスク環境で作業する際,N95または同等の呼吸保護具を着用する.

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取り組むべき今後の課題 基礎研究レベル • 検出技術の標準化と高感度・高精度測定法の確立 • 粒径・化学組成による毒性差の解明 • BBB通過後の脳内分布と細胞応答の解明 臨床研究レベル • 曝露量と脳卒中・認知症・POCDとの関連解析 • 血液・CSF中MNPs濃度の臨床的閾値設定 • 抗炎症・抗酸化・食事介入による効果の検証 社会実装レベル • 医療現場におけるMNPs発生源(輸液ライン・器具等)の評価 • 医療用プラスチック材質の見直しと代替素材開発 • 欧州との国際的整合を視野に入れたガイドライン整備

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海外で始まっている治療 (Washington Post, 2025年10月18日) 【米国で始まっている治療;富裕層中心の自己負担医療】 • 血液浄化・アフェレーシス(1回約13,000ドル) • サプリやプロバイオティクス • 酵素注射薬・コレスチラミンなどの試み 【科学的根拠】 • 一部で血中マイクロプラスチックの減少は確認 • しかし健康改善効果は未証明,定量法も未確立 【課題】 • 再曝露は不可避である • 臨床試験と規制整備が今後の鍵

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結語 • かつて人類の発明の象徴であったプラスチックは,いまや見えない毒 として脳や血管に静かに影を落としている.この事実をまだ認識して いない人が多い. • 医療者が最前線でそのリスクを見極め,科学的エビデンスを社会に 発信することが求められる. • 次世代のために,みんなで知恵を出し合い,「プラスタミネーションの 時代」を乗り越える必要がある. ご清聴,どうもありがとうございました!