Aβ抗体療法を正しく理解し,かつ安全に継続して行うために

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November 14, 23

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岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野 教授

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各ページのテキスト
1.

アミロイドβ抗体療法を正しく理解し, かつ安全に継続して行うために 下畑 享良 岐阜大学大学院医学系研究科 脳神経内科学分野

2.

Aβと抗体 療法の基礎 Aβ抗体 療法の効果 Aβ抗体療法 の安全性 安全な治療を継続して行うために何が求められるか?

3.

Aβとは? • 40アミノ酸程度のペプチド • 役割は長らく不明であったが,生理的な 機能を有することが近年報告されている. • 2019年,AβはGABAb受容体1aのリガンド として作用し,シナプス伝達と可塑性を 調節すること(生理作用)が報告された. • 他にも神経新生,抗酸化作用などもある. Science. 2019 Jan 11;363(6423):eaao4827.

4.

アミロイドカスケード仮説 (Jhon Hardy and Gerald Higgins:1992) Aβ凝集が根源であり,これにより ADに認める変化が生じるという説 Aβ42は線維形成性が高い Paired helical filaments 凝集アミロイドが神経細胞死を 起こす機序は不明. Nat Rev Drug Discov 10, 698–712 (2011).

5.

アミロイドβの代謝 セクレターゼにより Aβは切り出される ↓ セクレターゼの阻害で 諸悪の根源のAβは なくなる Physiological Role of Amyloid Beta in Neural Cells: The Cellular Trophic Activity. Neurochemistry. InTech; 2014.

6.

生理作用 アミロイドβの代謝 Physiological Role of Amyloid Beta in Neural Cells: The Cellular Trophic Activity. Neurochemistry. InTech; 2014.

7.

2名の患者の水性抽出物に 2種類見出されたAβ(クライオ電顕) Neuron. 2023 May 2:S0896-6273(23)00269-6. この立体構造は? 1名は Type1が100%,もう1名はType1 77%,Type2 23%

8.

レカネマブはプロトフィブリルに結合する プロトフィブリル:モノマーが重合・凝集して 形成される線維(フィブリル)の前段階 J Neurochem. 2017;143:621-623 https://www.alzforum.org/news/conference-coverage/lecanemabsweeps-toxic-av-protofibrils-catches-eyes-trialists

9.

レカネマブはプロトフィブリルに結合する 矢頭:Aβフィブリルに結合するレカネマブ 矢印:Paired Helical Filamentには結合しない Neuron. 2023 May 2:S0896-6273(23)00269-6.

10.

アデュカヌマブまで多くのアミロイドβ抗体が 臨床試験に失敗した *過去に臨床試験を失敗,対象者を変えて開発を継続している抗体 多くのメガファーマがAβ抗体作成に参入した

11.

参考:各抗体の認識部位の違い Cell. 2023;186(20):4260-4270.

12.

https://www.nature.com/articles /d41586-022-00651-0 種々のAβ抗体は認識する構造が異なる 老人斑に結合 ★ プロトフィブリルに結合 ★ 凝集第1段階を阻害 線維の伸長を阻害 凝集第2段階を阻害

13.

大きなAβ凝集を認識する抗体が有効である ✕ ✕ ✕ ◯ ◯ Cell. 2023;186(20):4260-4270.

14.

臨床試験に成功した3抗体薬の特徴 Int J Mol Sci. 2023 Sep 24;24(19):14499. 側脳室拡大 全脳萎縮,側脳室拡大

15.

Nat Rev Drug Discov 21, 306–318 (2022) アミロイド除去能の強い抗体が有効性を示す ✕ アミロイド除去の速度と 程度が重要で,かつ十分 に長い期間,除去できれ 治療効果 △ ◯ ◯ 治療期間(月) ば効果が得られる

16.

Aβと抗体 療法の基礎 Aβ抗体 療法の効果 レカネマブ,ドナネマブの 有効性と意義 Aβ抗体療法 の安全性

17.

A. レカネマブの有効性と意義 大規模グローバル臨床第Ⅲ相Clarity AD検証試験で,開始18カ月の時点での全般臨床 症状の評価指標であるCDR-SB(Clinical Dementia Rating Sum of Boxes)スコアの平均 変化量は,レカネマブ群が偽薬群と比較して-0.45となり,27%の悪化抑制を示し (p=0.00005),主要評価項目を達成した. 意義 • 認知機能の低下の進行抑制を初めて示せた点で意義が大きい. • 揺らぎつつあったアミロイドβ仮説への疑念を払拭する(?)意義は大きい.

18.

レカネマブの有効性を評価する2つの方法 18ヶ月の1ポイントで見ると変化は27%と 少なめ(赤). しかしある重症度に達するまでの期間 は長期間経過するほど長くなる(緑).

19.

点数の変化量(開始前からの悪化)を縦軸にすると27% 主要評価項目 CDR-SB(Clinical Dementia Rating- Sum of Boxes)の18カ月間における 開始前からの変化 開始前スコア両群とも約3.2点 18ヵ月間の進行 レカネマブ群 Δ1.21点 偽薬群 Δ1.66点 0.45/1.66点(27%)の抑制 Twitter @schrag_matthew

20.

点数そのものを縦軸にすると9% 主要評価項目 CDR-SB(Clinical Dementia Rating- Sum of Boxes)の18カ月間における 開始前からの変化 開始前スコア両群とも約3.2点 18ヵ月後の点数 レカネマブ群 4.41点 偽薬群 4.86点 0.45/4.86点(9%)の抑制 Twitter @schrag_matthew

21.

Alberto J Espay教授(シンシナチ大学)が Twitterで発信したレカネマブ治療に関する説明 1. 有効性 2. リスク/ベネフィット比 3. 脳萎縮

22.

1.有効性 Clarity AD試験の対象は,PETまたは 脳脊髄液検査でアミロイドが検出された 50〜90歳の早期アルツハイマー病患者, レカネマブ群898人,偽薬群897人. 改善(緑),悪化(赤)

23.

CDR-SB開始前のスコアは両群とも約3.2点, 18ヵ月間でレカネマブ群1.21点,偽薬群1.66点の変化が みられ,「ともに悪化」した(改善はしない). その差は0.45点,つまりレカネマブは0.45/1.66(27.1%) 悪化を抑制した(P<0.001) →ごく早期の患者において,18ヶ月で悪化はするが 18点中0.45点という抑制をどう解釈するかが求められる.

24.

重要なのは変化でなく,効果を実感できるかどうか, つまり実数(点数)という考え方がある. 開始前の3.2点と,18ヵ月後の点数(レカネマブ群 4.41点と偽薬群4.86点.その差0.45点)を比較すると 18ヶ月間で0.45/4.86(9.3%)の違いしかない. 患者・家族がその効果を実感できないのでは? → 下畑と同じ考察.

25.

「アルツハイマー病研究,失敗の構造」 Karl Herrup 教授(ピッツバーグ大学医学校神経生物学)の批判 27%の抑制: 計算そのものは間違っていないものの,これはデータを 示す方法としては著しく誤解を招くやり方であり,科学 よりマーケティングの色合いが濃い.

26.

2.リスク/ベネフィット比 レカネマブで改善することはないのでNNTを計算できない. 有害事象は害必要数(NNH)を計算するが, 有害事象45%,ARIAが26%で,計算すると NNH=3. (3人に投与すると1人に害が及ぶ) 100人治療した時の結果, 改善(緑)なし, 悪化(オレンジ)2/3 有害(紫)1/3.

27.

3.脳萎縮 18ヶ月後,対照群より 26%多い全脳萎縮をきたす (後述)

28.

B. ドナネマブの有効性と意義 TRAILBLAZER-ALZ 2(第3相試験)の対象は,60~85歳のMCIまたは軽度認知症患者で, PETでのタウタンパクの蓄積レベルが「中程度」であった1182人とした. 主要評価項目はアルツハイマー病評価尺度(iADRS)で,18カ月間で対照と比較して, 35%の抑制(p<0.0001)を示した.副次評価項目のCDR-SBも36%抑制した(p<0.0001). Clarity試験との違い ① タウPETも施行し,タウの蓄積の程度による治療効果も評価したこと ② アミロイドβの除去が基準に達した場合,ドナネマブ投与を中止していること

29.

有効性はタウ蓄積の程度に関わらず確認された (主要評価項目) 主要評価項目iADRSで76週時点の臨床的進行を有意に遅らせた. 偽薬群と比較し,タウ蓄積が軽度/中等度の群と全体で,iADRSではそれぞれ35.1%,22.3%のと有意な機能低下の遅延.

30.

有効性はタウ蓄積の程度に関わらず確認された (副次評価項目) 副次評価項目CDR-SBでも臨床的進行を有意に遅らせた. 偽薬群と比較し,タウ蓄積が軽度/中等度の群と全体で,CDR-SBではそれぞれ36.0%,28.9%と有意な機能低下の遅延.

31.

低・中タウ病変群では 1年半で8割の患者が治療を中止できる 80.1% 71.3% 34.2% 低・中タウ病変群において, 脳アミロイド除去を達成した患者割合は 24週時34.2%,52週時71.3%,76週時80.1% に達した. アミロイド除去が確認され投与終了した 患者において,終了後も時間の経過と ともに治療効果増大の傾向が見られた.

32.

ドナネマブの使用でタウのリン酸化が抑制される つまりAβはタウの上流にある ドナネマブによりP-tau217が低下する. 低・中タウ病変群 低・中タウ+高タウ病変群 同時にタウ・リン酸化を抑制してもADの進行は止められないことを意味する

33.

ドナネマブの臨床試験の感想 1. 「いつまで治療を続けるか?」という疑問に,投与開始後にアミロイドPET を行うことで解決できることを示した点で重要な意義を持つ. → レカネマブとの違い! 2. タウ軽度群でより効果を認めた点は興味深い.しかし実臨床でタウPETの 施行は困難.高タウ蓄積を加えた全体データを用いて評価するのが妥当. 3. 2剤のいずれが効果が高いかは主要評価項目もinclusion criteriaも異なり, 評価は困難.76ヶ月以降の影響も不明.

34.

Aβと抗体 療法の基礎 Aβ抗体 療法の効果 Aβ抗体療法 の安全性 ARIA,死亡例,脳萎縮

35.

参考:各抗体の認識部位の違い Cell. 2023;186(20):4260-4270.

36.

ADに合併する血管へのアミロイド沈着と抗体の影響 血管平滑筋(緑)がAβの沈着(赤) に置換される

37.

ADに合併する血管へのアミロイド沈着と抗体の影響 血管平滑筋(赤)がAβ(青)で 置換されている. Aβ抗体を投与すると,血管基 底膜 (緑)が炎症・補体活性化 を起こし脆弱となり,血液脳関 門が破綻する 人類が初めて経験する人為的 病態.血管性認知症に移行する リスクは?

38.

A. レカネマブの安全性(ARIAと死亡例) レカネマブ群 偽薬群 死亡 0.7%(6例*) 0.8%(7例) 重大合併症 14.0% 11.3% ARIA-E 12.6% 1.7% ARIA-H 17.3% 9.0% 症候性ARIA-H 0.7% 0.2% ARIA-Eは開始3ヶ月以内に生じる. いずれも軽症~無症候で治験の中断には至らなかった. ただしApoE e4ホモでは高率に生じた. *いずれの死亡もレカネマブに 関連したものではないとの記載 ARIAの症状:頭痛,混乱,嘔吐, 視覚異常,歩行障害 重篤な場合,けいれん,てんかん 重積,脳症,昏睡,局所神経症状

39.

ARIAの3つの危険因子 1. ApoE e4 キャリア ARIA-EではとくにApoE e4のアリル数が関与する 2. 既存の微小出血,脳表ヘモジデリン沈着症 微小出血の鋭敏度:SWI>T2* 3. Aβ抗体の投与量(ApoE e4 ノンキャリア) ここでいつ投与中止できるかが重要になってくる

40.

ApoE e4遺伝子はARIAの重要な予測因子である (レカネマブ) ApoE e4 遺伝子 非保因者 (-/-) 278人 ヘテロ接合 (+/-) 479人 ホモ接合 (+/+) 141人 症候性ARIA-E 1.4 (0) 1.7 (0) 9.2 (0) ARIA-E 5.4 (0.3) 10.9 (1.9) 32.6 (3.8) ARIA-H 11.9 (4.2) 14.0 (8.6) 39.0 (21.1) 非保因者 ヘテロ ホモ 16% 31% 53% ( )の数字は偽薬群での頻度を示す. 遺伝子検査を行うことによりARIAが高率に生じるε4/ε4(治験では16%の頻度)を 見出し,ハイリスクであることを伝え,自己決定の参考にすることができる!

41.

ドナネマブではさらにこの傾向は顕著となる 非保因者 (-/-) 255人 ヘテロ接合 (+/-) 452人 ホモ接合 (+/+) 143人 ARIA-E 15.7 (0.8) 22.8 (1.9) 40.6 (3.4) ARIA-H 18.8 (11.2) 32.3 (12.0) 50.3 (20.5) ApoE4 遺伝子 非保因者 ヘテロ 17% 30% 53% ( )の数字は偽薬群での頻度を示す. ドナネマブではε4/ε4(治験では17%含まれていた)におけるARIAの頻度がさらに高くなる ホモ

42.

レカネマブ (数字はすべて%.下段のカッコ内は偽薬群) ApoE4 遺伝子 非保因者 (-/-) 278人 ヘテロ接合 (+/-) 479人 ホモ接合 (+/+) 141人 症候性ARIA-E 1.4 (0) 1.7 (0) 9.2 (0) ARIA-E 5.4 (0.3) 10.9 (1.9) 32.6 (3.8) 11.9 (4.2) 14.0 (8.6) 39.0 (21.1) 非保因者 (-/-) 255人 ヘテロ接合 (+/-) 452人 ホモ接合 (+/+) 143人 ARIA-E 15.7 (0.8) 22.8 (1.9) 40.6 (3.4) ARIA-H 18.8 (11.2) 32.3 (12.0) 50.3 (20.5) ARIA-H 非保因者 ヘテロ ホモ 16% 31% 53% ドナネマブ ApoE4 遺伝子 非保因者 ヘテロ 17% 30% 53% ホモ

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脳アミロイドアンギオパチ―合併死亡3症例の特徴 • いずれも偽薬群の治験参加者で,本人が希望し,オープンラベル試験 延 長の一環としてレカネマブが投与された. • 治験前MRIで, 4つ以上の微小出血あるいは重篤なCAAの可能性を 示 す所見を認めた場合には治験登録されていない. 第1例 80代後半男性,経口抗凝固剤アピキサバン使用中に脳出血にて死亡. 剖検にてCAA+. 第2例 65歳女性,開始1ヶ月後にARIA-EとARIA-Hをきたし,さらに脳梗塞を発症後, tPA使用し死亡.剖検にてCAA+.e4/e4 第3例 75~80歳女性,3回目の点滴後,失語症・脳症が出現.抗てんかん薬とIVMP にて治療したが悪化し,入院5日後に死亡.剖検にてCAA+.e4/e4

44.

3.診療(合併症の出現時の対応) 第2例目の頭部MRI N Engl J Med. 2023 Feb 2;388(5):478-479. 多発脳出血と脳アミロイドアンギオパチ― レカネマブ使用中にtPA療法が行われたのはNEJMに報告されたこの1例のみ レカネマブ使用症例で tPAによる血栓溶解療法が 行われたのはこの1例のみ

45.

3.診療(合併症の出現時の対応) 第2例目の頭部MRI N Engl J Med. 2023 Feb 2;388(5):478-479. 多発脳出血と脳アミロイドアンギオパチ― レカネマブ使用中にtPA療法が行われたのはNEJMに報告されたこの1例のみ • 脳梗塞発症の81日前のMRIで microbleedsを 認めず,事前にCAAを合併していたことは 予測困難であった. • 注意すべき点があったとすれば,ApoE e4/e4 であったことのみか. → MRIで危険を予測できない可能性

46.

第3例目の頭部MRI 上段が臨床試験前 下段が発症時 浮腫,CMB 4→30以上 E:剖検脳のSWI

47.

第3例目の剖検所見 著明な微小血管変性と髄膜脳炎を伴う重症脳アミロイド血管症 血管周囲の炎症細胞浸潤と出血 Aβの沈着 マクロファージの浸潤 “Iatrogenic Cerebral Amyloid-Related Encephalitis”という 概念の提唱 微小出血に続く血管破綻(Aβ;赤) 髄膜微小動脈瘤 Aβ(赤)と血管壁(緑)

48.

ドナネマブ治験の死亡例の特徴 1. 死亡例はドナネマブ群で3例,偽薬群で1例. 2. 3例はいずれも重篤なARIAを発症し,その後,死亡した. 3. ε4ヘテロ2人,非保有者1人.抗凝固薬や抗血小板薬の処方なし. 4. 1例は重篤なARIA-Eが消失後に治療を再開していた(微小出血とヘモ シデリン沈着を認めた).1人は開始時に脳表ヘモジデリン沈着あり.

49.

参考:ARIAの画像 ARIA-H 微小出血 脳表ヘモジデリン沈着 ARIA-E 多くは一側性 後頭葉,前頭葉など

50.

B. 脳萎縮 Alzheimers Res Ther 2021;13:80 レカネマブは用量依存性に脳萎縮を もたらす

51.

ARIA誘発モノクローナル抗体は側脳室の 23-57%の拡大をもたらす Neurology. 2023 Mar 27:10.1212/WNL.0000000000207156. レカネマブ,ドナネマブとも 35%の拡大率

52.

側脳室の拡大(横軸)はARIAの頻度(縦軸)が 大きい薬剤ほど顕著 Neurology. 2023 Mar 27:10.1212/WNL.0000000000207156. 側脳室拡大の程度は,ARIAの 頻度と強い正の相関を示す (r=0.86,p=6.22x10-7). つまり血液脳関門の破綻を 招く薬剤ほど脳萎縮が強い

53.

レカネマブ・ドナネマブは23~28%の 全脳萎縮をもたらす Neurology. 2023 Mar 27:10.1212/WNL.0000000000207156. 全脳萎縮はレカネマブやドナネマブで -23~28%(!)と促進される セクレターゼ阻害剤でも一貫して認め られる(-15~44%).

54.

治療により MCI 患者の全脳萎縮は8ヶ月も早く アルツハイマー病脳レベルに達してしまう Neurology. 2023 Mar 27:10.1212/WNL.0000000000207156. Aβ産生を抑制するセクレターゼ阻害剤で最も萎縮する(Aβの生理的機能喪失のため?)

55.

レカネマブは海馬の萎縮を若干抑制するが, 全脳萎縮を促進してしまう L L Neurology. 2023 Mar 27:10.1212/WNL.0000000000207156. 順に全脳体積,皮質厚, L 側脳室体積,全海馬 体積,左側海馬体積, 右側海馬体積. L L L

56.

いかに解釈すべきか? Neurology. 2023 Mar 27:10.1212/WNL.0000000000207156. 1. 脳体積のような二次的な評価項目より,臨床的有効性を重視 すべきである. 2. しかし脳萎縮が臨床症状をもたらすのに時間がかかる可能性, あるいは記憶以外の脳機能に影響を与えている可能性も否定 できない.

57.

なぜ脳萎縮が生じるか(仮説) Neurology. 2023 Mar 27:10.1212/WNL.0000000000207156. 1. Aβ bulk plaque除去による可能性(否定的見解が多い) 2. オフターゲット効果 (薬物の影響を受けたとき望ましくない副作用を引き起こす生物学的標的が存在) 3. 脳脊髄液動態の変化 4. 神経変性を促進してしまう(最悪のシナリオ: Aβの生理作用の喪失)

58.

結局,今回の臨床試験をどう解釈したら良いか? ーADの2段階モデルー 第1段階 第2段階 Cell. 2023;186(20): 4260-4270. 第1段階:発症の20年前からのAβ沈着. 第2段階:10年前からの神経変性(NfL↑) ある時点からAβ沈着に依存しなくなる Aβを標的とする治療のタイミング 第1段階の間またはそれ以前が必要. 第2段階では18ヶ月間の抗体薬により, 沈着したAβの60%以上を除去したが NfLは上昇を続け,認知機能の低下も 緩やかになったが止まらなかった.

59.

Aβ療法は今後どうすればよいか? → 免疫予防戦略(Immuno-prevention) Cell. 2023;186(20):4260-4270. これを実現するには以下が必要. 1. より有望な抗体の選択 2. 介入のタイミングの最適化(第1段階~より早期) 3. 初期のバイオマーカーの同定 4. 潜在的な副作用の軽減を図る 未発症のひとにARIAや脳萎縮を起こす治療を行うという倫理的問題を避けるために, 4が不可欠.

60.

そもそもこの方向性で正しいか? Proteinopathy 仮説 vs. Proteinopenia 仮説(例;タウ蛋白) モノマー喪失による 機能障害 (loss of function) 取り組みがほとんど なされていない これ以上,抗タウ 研究は不要では? 凝集蛋白による 毒性の獲得 (gain of toxic function) Espay AJ, et al. JAMA Neurol. 2022 Nov 28を改変

61.

Aβを補充する Rescue medicine の可能性も議論されている アミロイドカスケード 仮説はADの病態の 一部? Espay AJ et al. Ageing Research Reviews. Oct 28, 2023, 102112

62.

アミロイド・カスケード仮説の限界 1. ヒトでもマウスでも,健康な脳にアミロイドを加えたから といってアミロイドカスケードが始動することはない. 2. ヒトの場合,AD患者の脳からアミロイドを除去しても 病気の進行は止まらない. 3. 前駆体APPからアミロイドを切り出せないようにしても 病気を食い止められないばかりか,ヒトでもマウスでも 健康を損なう.

63.

Discussion 安全な治療を継続して行うために何が求められるか? 【避けねばならないシナリオ】 ① 中途での治療の脱落例の多発 ② 重篤なARIA → 認知機能障害,生命への影響

64.

提案のまとめ 1. 効果を実感しがたい治療を続けられる工夫(アドヒアランス向上) 2. 誤解を招く説明文書を使用しない 3. 重篤な副作用をなんとか防止する 1. 臨床試験に極力倣った患者選択を促す 2. ApoE遺伝子検査体制の確立を促す 3. いつまで治療を継続するかの結論を出す 4. 脳萎縮症例のモニタリングと報告,注意喚起

65.

1.効果を実感しがたい治療を続けられる工夫 (アドヒアランス向上) 効果はあるものの軽度であることの影響 • 患者・家族が実感できるか不明 → アドヒアランスに直結 • 症状が悪化したときに「点滴していなかったら,もっと悪化しているはず」 という説明がなされうるが,これは根拠が乏しく,できれば避けたい. • 企業には患者・家族が点滴を継続しようと思える何らかの工夫を考えて ほしい.

66.

2.誤解を招く説明文書の例(その1) 使用したくなる説明図がウェブ上,たくさん認められる NHK https://newswitch.jp/p/38171

67.

2.誤解を招く説明文書の例(その2) 18ヶ月以降もこの傾きが 持続すると安易に考える リスク! ARIA(血液脳関門の破綻) や脳萎縮の影響が長期的 に出現する可能性を考え るとこの図は非科学的! 東京新聞(2023年2月28日) ここからは 推測に過ぎない この図は根拠がないことを認識すべき(厚労省提出資料)

68.

3-1.臨床試験に極力倣った患者選択を促す 米国神経学会が論評のなかで「副作用リスクを著しく過小評価している可能性が高い」と 指摘し,3つの理由を挙げている. ①他の薬剤と相互作用しうるが,Clarity試験ではこの影響が最小限に抑えられている. ②試験参加者は現臨床よりもはるかに若い(出血リスクは年齢とともに増加する). ③一般的に臨床試験における出血合併率は,実臨床よりもはるかに低い. Neurology. 2023 Oct 10;101(15):661-665. doi: 10.1212/WNL.0000000000207505.

69.

参考:米国神経学会の論評と Twitter での告知 Neurology. 2023 Oct 10;101(15):661-665. doi: 10.1212/WNL.0000000000207505.

70.

3-2.ApoE遺伝子検査体制の確立を促す • ARIAが高率に生じる → 症候性ARIAの危惧,長期的な認知機能への影響 • 抗凝固薬や血栓溶解薬を使用した時の重大合併症のリスク → 重大合併症を来すリスクを避けるためApoE遺伝子検査は不可欠.

71.

米国のレカネマブ適正使用 ガイドラインから学ぶべきこと J Prev Alzheimers Dis. 2023;10(3):362-377. 1. 安全性と有効性のために臨床試験と同様に治療を行う 2. 患者とそのケアパートナーはこの治療の潜在的な利益,潜在的な有害性,およびモニタ リングの必要性を理解する → そのための説明・教育プログラムが必要となる 3. 安全性確保のために遺伝子検査(APOE遺伝子型)が推奨される 4. 4回以上の微小出血やその他の脳血管障害の証拠がある患者を治療から除外する 5. 抗凝固剤による治療を必要とする患者には使用しない 6. レカネマブ使用中の患者には虚血性脳卒中に対する血栓溶解療法を実施しない

72.

ApoE遺伝子診断のために準備すべきこと JAMA Neurol. 2023 May 1;80(5):431-432. 1. 診断結果を,適切に患者・家族に開示するコミュニケーション・スキルを身につける. 2. 開示後のカウンセリングを身につける.とくにε4キャリアが判明し,レカネマブを使用 しないことになった患者・家族への対応は重要. 3. ε4キャリアは,脳卒中,てんかんなどのリスクが高いことを意識した診療を行う. 4. 親の診断結果から,その子がε4キャリアであり,将来,ADを発症するリスクを推察で きるため,子どもへの配慮を行う. 5. 患者や子が受けうる遺伝的差別に対する既存の法的保護,その限界,および経済的 差別(保険適用を拒否や高い保険料等)について認識する必要がある.

73.

参考:ApoE遺伝子型とAD障害発症リスクの推定 J Fam Pract. 2022 May;71(4):E1-E7 | doi: 10.12788/jfp.0397

74.

3-3.いつまで治療を継続するかの結論を出す • いつまで継続すべきか結論がでていない病態修飾薬が多く,これまでも 臨床医を悩ませてきた.高額のレカネマブはなおさらである. • ドナネマブの臨床試験で確認されたPETによるAβの一定閾値以下を 達成した症例で,投与を中止できるかの試験を行うべき.

75.

3-4.脳萎縮の注意喚起,モニタリング 今後,必要なこと ① 医師は患者にレカネマブによる脳萎縮のリスクを注意喚起すること ② 企業は臨床試験での脳萎縮例を積極的に,長期的にモニタリングし, その結果を共有すること.

76.

結 語 • レカネマブの効果とその限界を正しく理解する必要がある. • ARIAに伴う重篤な合併症,血液脳関門破綻による認知機能障害, 脳萎縮の機序の解明と対策が求められる. • レカネマブを安全に使用するためには,ApoE遺伝子検査を適切に 行うための準備が必要である.