機能性神経障害の診断と治療

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September 13, 23

スライド概要

2023年9月12日に岐阜大学病院で脳神経内科+リハビリ科合同で行った勉強会の資料です.

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岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野 教授

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各ページのテキスト
1.

機能性運動障害の診断と治療 岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野 下畑 享良

2.

機能性神経障害 (functional neurological disorder) • 不随意運動,けいれん発作(偽発作),筋力低下, 感覚障害など多彩な症候を呈する. • さまざまな病名で呼ばれてきた.ヒステリー,心因性 疾患,解離性障害,転換性障害,身体化障害,身体 表現性障害,心気症,Munchausen症候群,詐病など.

3.

失立失歩 (astasia/abasia) • 下肢の運動機能は臥位 では保たれ,麻痺や失調 はないのに立位や歩行 ができない. • 歴史的にヒステリーに 伴うものと考えられてきた. 第一次世界大戦後の 兵士に対する研究が有名.

4.

なぜ機能性神経障害と呼ぶようになったのか? • ヒステリーや心因性という用語は近年,使われなくなり, 機能性神経障害の使用頻度が増えている. • その理由は,心と身体のいずれが原因かを言及せず, 患者と共有しやすく,症状の回復にプラスになるため.

5.

診断に関する重要なポイント • 器質的疾患の典型的な症候を理解していないと区別が 困難であること • 機能性神経障害を示唆する陽性所見を診察により見出す 必要があること • 器質的疾患に機能性神経障害を併発している場合 (functional neurological overlay)があること

6.

病歴から疑うヒント • 若い女性 • 急性発症,非進行性の経過 • 多数の自覚症状(身体の多数の部位の痛みや違和感など) • 疾病利得(症状があることで何らかの利益を得ること) • 精神疾患,自傷行為の存在 • 軽度の外傷が誘因

7.

診察から疑うヒント • 発作性の出現 • 器質的疾患としての矛盾点(歩けないが走れる,後ろ向きなら歩けるなど). 運動異常症の場合 • 奇妙(bizarre)で,多発する分類困難な運動異常症 • 一貫性に乏しい症候(頻度,振幅,分布など) • 注意させると増加し,気をそらさせると減少する(distraction) • 症候の非典型的な誘発と消失

8.

診断のポイント 1.除外診断をされるべきではない(rule-in) 2.神経症候により診断するべきである

9.

1.除外診断をされるべきではない ・全ての器質的疾患を除外するには膨大な検査が必要となる。 (e.g.頭部MRI,脊椎MRI,髄液検査,種々の神経生理検査など…) ・症状の難治化を助長しかねない。 →①罹病期間が長くなる。 ②訴訟や法的,経済的問題が生じる。 (e.g.長期療養による失職,誤診による難病指定)

10.

2.神経症候により診断するべきである • 歴史的に,Babinskiも器質性と機能性の麻痺を 神経症候から鑑別できないかと主張していた。 • DSM-ⅣからDSM-5への改訂で,その裏付けが与えられた。

11.

DSM-5における診断基準(転換性障害) A.1つまたはそれ以上の随意運動,または感覚機能の変化の症状 B.その症状と,認められる神経疾患または医学的疾患とが適合しない ことを裏付ける臨床的所見がある C.その症状または欠損は,他の医学的疾患や精神疾患ではうまく説明 されない D.その症状または欠損は,臨床的に意味のある苦痛,または社会的, 職業的,または他の重要な領域における機能の障害を引き起こして いる,または医学的な評価が必要である

12.

DSM-5における診断基準(転換性障害) A.1つまたはそれ以上の随意運動,または感覚機能の変化の症状 B.その症状と,認められる神経疾患または医学的疾患とが適合しない ことを裏付ける臨床的所見がある <改訂のポイント> Bの項目の意義 ①神経学的に説明できない症候(陽性徴候)の存在が必須となった。 ②心理的なストレス要因の存在が診断基準から外された。 →診断は精神科医でなく脳神経内科医が行うべきである。

13.

診断に有用な陽性徴候(感度,特異度,陽性的中率)

14.

Drift without pronation Barréの肢位を取った際,麻痺側が回内することなく低下すること

15.

Drift without pronation 器質性麻痺 機能性麻痺 回内なし

16.

Leg-dragging gait ぶん回し歩行にならず, 麻痺している方の足を 引きずるような歩行 France 1888

17.

Give-way weakness • MMTにおいて途中にカクカクッと力が抜ける。 • ゆっくり,軽微な力から少しずつ力を加えるようにして行うと反対 方向の力を感じて分かりやすい。 • ただし,重症筋無力症,自己免疫性脳炎,脱髄性ニューロパチー, 錐体路性の筋力低下,疼痛(特に関節痛)でも認める場合がある。

18.

Co-contraction • 主動筋収縮時に拮抗筋も同時に収縮すること。 • Give-way weaknessを直接筋を触れて確かめていると考えられる。 • 通常,例えば上腕二頭筋のMMT時には上腕三頭筋は弛緩している。 Co-contractionがみられる患者では,上腕二頭筋のMMT時に,上腕 三頭筋の収縮も触知することができる。

19.

Hoover’s sign(協働運動を利用した陽性徴候) 協働運動を構成する筋群の一部の筋だけ動かすことはできない ・健側下肢を伸展挙上したときに、麻痺側の下肢を床面に押し付ける 力を踵の下に置いた検者の手で評価する。 ⇒器質性では弱く、機能性では正常。 ・麻痺側下肢を伸展挙上したときに、健側の下肢を床面に押し付ける 力を踵の下に置いた検者の手で評価する。 ⇒器質性では正常、機能性では弱い。

20.

まず踵の下に手を置いて もう片方の足を伸展挙上 させて、この時の踵の下に かかっている力を評価する

21.

対側の足首の下に手を入れる! Conversion Disorder https://wikimsk.org/wiki/Conversion_Disorder

22.

Sonoo’s Hip abductor sign 健肢外転 患肢外転 器質性麻痺 園生雅弘先生 麻痺があるので 患側は内転してしまう 麻痺がないので 健側は正中から動かない

23.

Sonoo’s Hip abductor sign 健肢外転 患肢外転 機能性麻痺 園生雅弘先生 麻痺があるのに 患側は正中から動かない 麻痺がないのに 健側は内転してしまう

24.

麻痺の手が日常動作のふとした瞬間に動く Weintraub 1977

25.

機能性歩行障害 出典失念

26.

機能性歩行障害の特徴 • 奇妙な歩行(bizarre gait). • 一歩ごとに両膝を大きく曲げる歩行. • 動作が極端に遅い(過度の徐行). • 全身の激しいふるえを伴う(しかし転倒しない). • camptocormiaなどの異常な姿勢. • うめき声やため息を伴う大げささ・疲労. • 心因性の失明や言語障害の合併. • 密かに観察すると正常な時間帯がある. 出典失念

27.

機能性感覚障害 解剖学的に合わない 感覚障害領域 機能性 身体正中での境界線(視床病変を除く) 器質性

28.

機能性姿勢保持障害(pull test) Geroin C, et al. Eur J Neurol. 2022 Aug 29.(doi.org/10.1111/ene.15532)

29.

機能性運動異常症 コロナで増加した若年女子にみられる 機能的「急速発症チック様行動」 Mov Disord Clin Pract. June 17, 2021 (doi.org/10.1002/mdc3.13267)

30.

急速発症チック様行動の予後 • 発症から6~12ヵ月後にチックの重症度スコアが有意に改善する • 発症時年齢が若いこと,不安・うつに対する認知行動療法を受けて いること,選択的セロトニン再取り込み阻害薬を処方されていること が,6ヵ月後の重症度の改善に関連した. Eur J Neurol. 2023 Aug 29. doi: 10.1111/ene.16051.

31.

機能性振戦 ①運動課題による周波数と分布の変化 ②他の作業で振戦の減少・停止(distraction) ③対側の手足を急に動かしたときの振戦の一過性休止 Neurology Blog June 13, 2023

32.

機能性ジストニア 自験例 固定ジストニア(fixed dystonia) 機能性ジストニア,大脳皮質基底核症候群,Stiff-limb syndrome,複合性局所疼痛症候群(CRPS)

33.

機能性ジストニアの典型的パターン Handbook of Clinical Neurology. 139, 235-245, 2016 A) 物をつまむためのⅠ, Ⅱ指の機能は保たれる. B) ジストニアと同側の肩は 挙上し,対側の肩は低 下します. C) 足部ジストニアの典型 パターン D) 口唇と顎が偏位し, 同側の広頸筋の緊張を 認める.

34.

難治例の存在 • まだ予後予測因子は十分解明されていない • 発症から長期経過しまった症例は予後不良

35.

診療のスタートが治療のスタート ① 患者の訴えを拒否的でなく受け止め,洩らすことなく拾い上げる ② 「精神科的問題に関する質問」は少なくとも初診時には避ける (精神科的問題というより,神経疾患として捉えてもらうほうが患者に重要) ③ 神経診察の結果と解釈を伝えることが治療になり得る(認知行動療法)

36.

診断を告げる際のポイント1 ①「機能性障害」などの明確な診断名をまず伝える。 ②診断の根拠(陽性徴候)について説明をする。 ③「脳からの命令が身体に届いていない」「ハードウェアではなく ソフトウェアの問題」等メカニズムの説明は有用である。 ④症状は本物であり、患者が嘘をついている、演じているなどと考えて いないこと、患者に落ち度はないということを伝える。 ⑤世の中に多い疾患であることを伝える。

37.

診断を告げる際のポイント2 ⑥神経系に器質的障害はなく、回復が望めることを強調する。 ⑦原因に立ち入る必要はない。 ⑧次回の診察を予定する。 ⇒「回復の望める機能性疾患」という新しい認知を与える。 これにより生活・行動様式が変われば、それが「認知行動療法」。

38.

治療:多職種によるアプローチが必要 ①病名告知 脳神経内科医 ②運動症状 理学療法士 ③非運動症状 心理療法士

39.

病名説明後の治療 • 適切に診断を伝えても改善が見られない場合,理学療法を併用する (有効性に関するエビデンスが増えつつある). • 理学療法はとくに偽の筋力低下を呈する場合,有用である. • また精神科的評価や心理療法の検討も行うが,受診の際には「精神疾 患と考えているわけではなく,症状を良くするのに多くの先生の意見を 伺う」などと説明する.

40.

理学療法のエビデンス 29研究(1970-2012) 373症例 No RCT 1Controlled study Improvement (60-70% of patients)

41.

J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2017 Jun;88(6):484-490. N=29 N=28 介入の受容性は高く,有害事象はなかった 6ヵ月後,介入群の72%が症状が改善した

42.

理学療法の治療原則 J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2015 Oct;86(10):1113-9.

43.

理学療法の治療原則1 • 患者を追い込む前に信頼関係を築く。 • 理学療法士がFMDについて知っていることを明らかにし、自信を持たせる。 • 改善を期待させること。 • 多職種チームと患者の間で、オープンで一貫したコミュニケーションをとること。 • 家族や介護者を治療に参加させる。 • 限定的な hands-on 治療。患者を介助する場合は、サポートするよりも促進する。 • 早期の体重支持を促す。ベッド上での筋力」は通常、機能的脱力における起立能力 とは相関しない。

44.

理学療法の治療原則2 • 自立と自己管理を促進する。 • 障害(例:筋力低下)やコントロールされた(「注意一杯」の)動き(例:強化運動)より、 機能や自動的な動き(例:歩行)に焦点を当てた目標指向型リハビリテーションを行う。 • 不適応な運動パターンや姿勢の強化を最小限にする。 • 適応器具や移動補助具の使用は避ける(ただし、必ずしも禁忌ではない)。 • スプリントや関節を固定する器具の使用を避ける。 • 役に立たない考えや行動を認識し、それに挑戦する。 • 自己管理と再発予防の計画を立てる。

45.

その他の文献 • 園生雅弘. ヒステリー患者の神経症状と診察.神経内科 87:307-11, 2017 • 園生雅弘.精神科との境界領域について:機能性神経障害を中心に. 臨床神経 63:135-144, 2023 • 下畑享良.器質性? それとも機能性?機能性神経障害を診断するポイ ント.救急、プライマリ・ケアでの神経診療がわかる、できる!(羊土社 2023)

46.

機能性神経障害に取り組む学会の活動 日本神経学会 FNDSとの連携