365の言葉(第1群)

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March 08, 24

スライド概要

日本脳卒中協会では、1990年から、脳卒中の患者さんやご家族による「脳卒中体験記‘脳卒中後の私の人生」を募集し、優れた作品を公表してきました。
私たち日本脳卒中協会 患者・家族委員会は、四半世紀に亘り蓄積してきた脳卒中者の体験記の中から「心に響く言葉」を抽出し、「365の言葉」としてまとめました。

制作・著作:公益社団法人日本脳卒中協会

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365の言葉 第1群 (第1~11回) 2024年3月8日

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人生観・信念 回 作者(敬称略) 言葉 1 青木 節也 目標を立てて、一歩一歩努力する。まさに「継続は力也」 これが私のモットーです。 1 大橋 恒夫 不自由がまねいた幸福。わが友、片麻痺。人生これから。 2 大城 貴代子 思いもかけなかった夫の発病で失ったものは多かったが、介護体験をとうしてこれから迎える高齢 社会を脳卒中等で障害をもった者が、一人の人間として誇りを失うことなく人生を送ることができる 社会づくりにこれから夢をかけたい。 2 齋藤 正季 生きて行くのに何が大切なのか、体には障害がありますが、心まで障害者で無いことを誇りにおもう 今日この頃です。 2 武上 八郎 自分自身のリハビリだけをと考えていた仲間達も自分だけではないのだ、全国百七十万人とも云わ れる脳卒中者の一人の方の少しの力になればとの意気込みと、自分自身の明日の生きがいを求め、 心の健康と豊かさに挑戦している今日この頃です 2 原田 智樹 よりよく生きる、少しでも質の高い行き方を目指す。そのためには何をなすべきかを多くの仲間が示 してくれています。それらを吸収しながらこれからを生きていきたいと励まされながら前進しつつあ ります。 3 三宅 照和 だれもが、色々な問題を抱え、逃れられない現実はある訳で、それでも自分で解決しなければいけな いんですよね。 4 榊 宏志 私は世の中のために何か役に立ちたい、自分が生きてきた証として。 4 河田 寅次 脳卒中から回復された多くの方々は、真の喜びの尊さを知ると共に、命の大切さを思い知らされる でしょう。 4 曳地 洋 自分なりの脳卒中と妥協し共生出来る「生きがいプラン」を作成し実行している 4 森本 利子 「楽しいな、美しいな、嬉しいな、きれいだな。」という喜びのある心を大切にしたいのです。 4 月安 正 私一人では絶対ここまで来られなかった。 5 田中 正吉 忍耐一路 踏まれた草にも花が咲く

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人生観・信念 回 作者(敬称略) 言葉 5 久保木 敦子 クモ膜下出血になり生死をさ迷いつつも、生かされた事に自分自身への意味があることを感じてい ます。 6 森岡 君子 病気をして実に自分は多くの人達に助けられているのだということを痛感した。 6 小玉 紀 バリアフリーが叫ばれる中、出来ることと出来ないことを健常者に伝え、橋渡し役を心がけて生きた い。 7 中野 慶三 「黒雲の上には常に太陽が輝いている。」 私の大好きな言葉を常にくちずさみながら、私の命ある限 り、希望を持って生き抜いていきたいと願っております。 9 上原 一郎 「あせらず、あわてず、あきらめず」の気持ちをわすれずに。 9 佐々木 幸男 生きていくのは自分だから、自分でコツコツとやることだ。 9 小谷野 錦子 毎日新しい喜びを見つけることができ、感謝している。 9 加藤 弘 人間の体はまだ完全に解明されていない部分がある。闘いは続く。 10 門脇 多美子 人間一人で、生きてるのではない、皆の力によって生かされていると、そう思わずには、おれません。 10 山本 幸子 まず自分が元気で精神的にも安定した状態でないと介護は出来ない、優しくも出来ない、と思うよう になり、自分が心を開けば周りの色々な声が聞こえます。 10 又吉 康武 自分自身に頑張るだけが人生ではない、頑張らなくても良いと言い聞かせました。 10 田中 謙次 人には決められた運命があるのではないか。それを受け入れた時に、初めて自由でおおらかな心の 安定が入るのです。 11 久留島 悦治 人生まだまだ、すてたもんじゃない そう大事なことはあきらめない、ことです。 11 原田 重信 焦れば焦る程深みに嵌ります。じっくり腰を落ち着けるしかないのです。 11 内藤 幸生 六十八歳の冬の悲劇はここから始まる。いや人生の再出発の年でもある。 11 米田 光則 私の願望は私の大事な希望だ。

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家族(支える・支え合う) 回 作者(敬称略) 言葉 2 河崎 冨士明 私と離婚せず、働いてくれる妻の為に、良きパートナーとして在り続ける様、また中学校二年生の一 人娘の為にも、頼れる父親になれる様に、頑張って生きていきたいです。 3 大久保 由樹 それでも私は「母親」である。自信を持って、私にしかできない「母親」という道を歩いていこう。一人 じゃない。家族がいる。 3 大久保 由樹 子供の母親は、世界中でたった一人。その親が親を放棄してどうする!しっかり前を向いて子供を見 守っていこう! 3 畠山 恵美 父は「鬼!」と、大きく叫び、また一からリハビリを開始する。「畠山さんの娘さんが、リハビリ室にいる と、他の患者さんも張り切るんですよ」。 3 畠山 恵美 お父さん、いっぱいがんばったじゃん。ほどなく私は乳がんになりました。でも父が頑張ったのだか ら、私が頑張れないハズはない。そう思って生きています。 5 村田 辰也 真っ暗闇の中、考えれば考えるほど出るのは涙だけで他に何の答えらしきものは見つからなかった。 そんな私を救ってくれたのはやはり家族だった。 6 中矢 英子 7 横山 光江 主人と娘と愛犬、そしてただ優しいだけじゃない真心のこもった言葉に励まされ、私はがんばってき た。 家族の愛情にも恵まれました。中でも私が困っている時に「出来ないから助けて」と言うまで側でジッ と待っている両親のつらさも私は知りました。 8 井上 ちづ子 お父さんが大きく口を開けて歌っている。胸を張り、笑みを浮かべながら力強い歌いっぷり。こんな 日が来るとは、あのとき家族の誰が予想出来たでしょうか。 8 太田 達也 父さんは聞き取れない言葉をしゃべっていた。そして、涙を一筋こぼした。思えば、父さんの涙を見た のは、あれが最初で最後だ。 8 太田 達也 少し前に、母さんが言っていた。「父さんが倒れたのは、バラバラになりかけた家族を繋ぎ止めるため に、父さんの本音が働いたのではないか••••••」と••••••。確かにそうかもしれない。

5.

家族(支える・支え合う) 回 作者(敬称略) 9 水谷 隆彦 言葉 時々は落ちこみますが、妻には「ありがとう。」です 10 田之上 誠文 次男からメールが届いた。内容は、「欲張るな。」であった。無理なリハビリをしている私への戒めで あった。焦る気持ちがふっきれたのも、この言葉だったような気がする。 10 森兼 信雄 言葉ではうまく伝えることができませんが、「今まで苦労をかけてすまん。ありがとう。これからもよ ろしく。」と家族に伝えたいです。 11 原田 重信 病気は大きな代償でしたが、それ以上に家族の愛と信頼が出来たことは非常に良かった事だと思っ ています。 11 柳田 泰邦 日夜、傍で支えてくれる家族は無限力。

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受容(過去・障害) 回 作者(敬称略) 言葉 1 荒井 孝二 自由な時間も出来てきたと思った時、考えもしなかった難病に見舞われたのも私の人生でしょう。 1 石橋 朋継 その僕が、現在ある僕に立ち直れたのは、「過去の自分から、おさらば」そうです発病前のばりばり やっていた頃の、僕から、完全にさようならできた事であると断言できます。 2 原田 智樹 障害を持つことが幸福であるなどとはいいませんが、決して不幸ではないと確信できるようにはな りました。 2 森本 利子 命ある限り、焦らず、諦めず、休まず、無理をせず、障害を素直に認めて心を動かせば、体も動くとい う意味をかみしめて、一歩一歩確実に歩いていこうと思っています。 3 中川 郁江 お客様から「障害があるのに明るく楽しそうだね」と言われるほど障害者としての年季もはいってき て、自分から身体のことに関して話せるようになり、其れにつれて気持ちも楽になってきました。 4 中島 幸江 私は障害者になったことを、不幸だと思っていません。泣いたこともありません。神の与えた試練に 対して希望を持って生きています。 5 仁科 やよひ 脳梗塞になるよりはならない方がいいのは当たり前であるが、なった以上は素直に病気を受け入れ、 これからの人生を積極的にそしてすべてに感謝の気持ちを持って強く明るく生きてゆこうと心から 思っている。 5 池田 和泉 あぁやっと自分の授かった障害を受け入れたのだ。もう自分の足で立ち上がる事ができると。 6 魚山 幸子 障害は恥ずかしいことでも、悲しいことでもありません。同じ人間ですもの。 7 上村 清秀 「障害者」と言えども健常者に負けず、おとらず誇りを持って頑張りましょう。 8 河田 寅次 「あった!」私は神に感謝した。大好きな文字へ通じる視力とこの鉛筆一本握るだけの握力が残され ている事に、気付くと急ぐ原稿用紙に向かった。 10 柳村 正毅 大切な言葉は「受容」である。家族と共に、あるがままの自分の状態を受け入れること。

7.

ポジティブ思考(自己奮起・発奮) 回 作者(敬称略) 言葉 1 佐々木 和麿 この経験を通じて元気な時には知らなかった新しい人生が開けたことも事実です。 1 芳村 みち子 からだの麻痺は、私のそして仲間各々が持った個性です。 1 白崎 禮子 人は皆、他人の為に役立ちたいのである。 1 山中 清 徐々にでも、快方に向かうのが夢ですが、今より悪くならず、現状を維持出来る様に頑張っていきま す。 2 河崎 冨士明 今迄の友達の他に、幅広い年齢の方や色々な障害を持った 方々と、出会う機会を多く持ち、友達に なっていければと思います。 2 千賀 郁夫 一度しかない人生を明るく楽しく生きぬきたいと思う。失われた能力を嘆くのではなく、残された能 力を生かし、前向きで生きたい。 2 半澤 とし子 同じような病気をもった人との交流は心の安らぎを覚え、 教室に通うことがとても楽しく一つのはり 合いとなりました。 2 扇 淳子 私の言語能力は読書と書く力で、日増しに良くなっていくのが嬉しかった。 思考力も以前よりついて いる。プラス思考が次々と生まれてきた。 2 齋藤 正季 後で夜布団に入って考えながら、枕を濡らしました。その時津軽の「じょっぱり」(負けん気)が自分の 心に芽ばえました 。負けてたまるか、必ず 治して見せると自分に約束をしました。それからというも のリハビリ室での訓練の他に、病院の廊下で朝、昼、晩と訓練が続きました。 2 中村 國雄 それでは自分はどうすればいいのか、悩みました。自分は生まれ変わった、と考えてみた。何をするに もこの不自由な体、今までのように行く筈はないと認めることだ。この境遇を心に刻んで行くしかな い。少しずつ 馴れていくしかない、と思うようになりました。 4 荒川 修治 社会と時間の束縛から解放され、失語症からの青春を謳歌している。 5 西沢 滋和 障害者を見て、「もう何もできないであろう」と思うのではなく、「今の姿から何ができるか」という視 点で、相手を見てあげることが大切ではないでしょうか。

8.

ポジティブ思考(自己奮起・発奮) 回 作者(敬称略) 言葉 7 桜井 範政 問題点が少しずつ解決する事で、 いつしか自殺することばかり考えていた自分が、自殺する事を忘れ ている事に気が付いておりました。 7 原田 重信 どうせ駄目なら愚痴るだけ損です。前向きに目標を決めましょう。廻りの人達を巻き込んで、好い方 向にもって行きましょう。 7 荒木 篤司 「病気にならなければ」と他人は言うが、私は本心病気にならなければ見えなかった沢山 の事が見る ことができて、この右半身を犠牲にしたが故の新たな価値観を見出し視界が広がったような気がす る。 8 井上 ちづ子 そこで失語症のために言葉で自己紹介出来ない会員さんが急に歌を歌いだしたのです。そのことが きっかけとなり、失語症の会員さんで合唱団を作ってはという話が持ち上がりました。 8 阪田 久美子 病で失ったものは確かに大きい。だが得たものが数倍も素晴らしいというのも否めない。私は脳卒中 の闘病体験は極僅かな期間だけだったと振り返る。後遺症が言葉の探求のきっかけを作ってくれた 事に感謝している。 8 阪田 久美子 ほんの僅かな期間、母語を忘れかけた私は今、海馬に協力を頼みながら、美しい日本語を繰り返し再 度、また新しく学ぼうとしている。これにはやはり、脳卒中さん、有難う、と言うべきなのだろうか。 9 近藤 よしの 生きていれば笑うこともあると自分にも言い聞かせて元気づけています。 10 湯田 和由 過去の不運にこだわらないで、明日の為に今を生きよう。 11 尾上 富士雄 自分でダメだと思いこんでしまっていたが、改善してきているのを気づかない事も結構あるかもしれ ない。 11 柳田 泰邦 古い・懐かしい友人達との何気ない会話と再会約束は、更なる回復意欲を湧きださせる源泉です。 11 内藤 幸生 今の自分は肉体的には苦しいが、精神的には倖せな日々を送っている。 11 村上 信 本格的に毎日を「死の中の生を求めて」の心境で必死に努力しました。

9.

リハビリ(復・改善・代替) 回 作者(敬称略) 言葉 2 吉野 三次 先ずペンの代わりに左手だけでワープロを始めた。二つのキーを同時に押すときは書道に使う文鎮 の片方にテープを巻き付け右手の代わりにした。 3 畠山 恵美 リハビリさせるしかない、してもらうしかない。 3 西村 晶子 不自由ながら私は家事仕事を通してのリハビリですこしずつだけれど慣れてきた。退院したときに比 べ確かに体の動きはよくなった。「家事が私のリハビリ」という意味が少し解ったような気がする。 5 加福 秀行 何事にも積極、果敢に挑戦し、ひとりでも多くの人々と交流することが最高のリハビリと信じつつ障 害という名の友のために頑張っている。 9 西原 隆重 どうしても、子供達ともう一度キャッチボールがしたい、復職したい一心でリハビリの日々でした。 11 垣下 千里 夫は再び、病室に戻ると、時間の許す限り自己流のリハビリを繰り返し続けていたのです。 11 要田 四男 脳卒中の後遺症との戦いは、まずは本人自身との戦いであり、必ず良くなるとの希望を持ってあきら めず努力することが、回復への早道だと思います。

10.

苦難(感情・偏見) 回 作者(敬称略) 言葉 2 千賀 郁夫 こんなことなら、この世に生きている甲斐はあるのだろうかとも思った。看病する家内の人生をだい ないしにしてしまったとも感じた。 2 田中 昭熙 同級生はそんな私を見て面白がって、からかいました。病気になる前から知っていた友もその中に含 まれていたので苦しみがひとしおでありました。 2 中村 國雄 けれど右半身はマヒしたままでした。右手は胸から離れず、左手に杖を持ち、重い装具を穿いて、定 まらない眼をして、シビレる足を引きずりながら歩く姿が自分なのだと思うと、いてもたってもいら れず、絶望しかありませんでした。 2 平山 義一郎 このショックが脳卒中障害者の再起を図る気力を喪失させ、 部屋に籠りっきりになる。生計を奪われ た家族の悲嘆と、当事者の無念さは、胸が張り裂ける程に辛い。 7 大鉢 正恭 会社の健康診断や人間ドックでは、高血圧を指摘されていたが、精密検査を受けなかった 『自分だけ は大丈夫である!』と根拠なく思っていた。これは、大きな反省点です。 7 阪田 久美子 私の体は自分がしたいように動くわけではなく、別の動きを自然にしてしまう。他人の意思で動くが 自分の意思とは関係なく反射神経が動く。ぐにゃりと醜くというか滑稽に潰されそうになったり、 そっくり返って倒れそうになるのは自分の意思とは無関係なのだ。 7 越川 絹代 何で、どうして、 くやしくて泣いて泣いてこの世で流す涙を全部使う程泣きました。