EBMとがん薬物療法(滋賀県薬剤師講演)20180307

527 Views

March 07, 18

スライド概要

profile-image

滋賀県立総合病院 化学療法センター 腫瘍内科医

シェア

またはPlayer版

埋め込む »CMSなどでJSが使えない場合

関連スライド

各ページのテキスト
1.

滋賀がん薬物療法conference 2018.3.7 EBMとがん薬物療法 滋賀県立総合病院 化学療法部/消化器内科 後藤知之

2.

倉敷中央病院 オンコロジー初診外来 京都大学医学部附属病院 松原淳一先生 石黒洋先生 吉岡弘鎮先生 石原泰子先生 滋賀県立成人病センター 滋賀県立総合病院 倉敷リバーサイド病院

3.

http://www.pref.shiga.lg.jp

4.

がん薬物療法とEBM? ▪ がん薬物療法とEBMは切っても切れない ▪ しかし、言うは易し行うは難し ▪ EBMは他者を殴るための棒ではない ▪ うまく付き合ってゆくためには、その限界を知る必要がある

5.

なぜEBMが求められるようになってきたのか 手術をしなければ 100人中95人は胃癌で死ぬ 手術をすれば 100人中50人は助かる 100人の胃癌患者 ▪ 医学が未熟だった時代では 臨床試験でデータを取るまでもなく治療選択は自明 ▪ エビデンスの必要性そのものが無かった

6.

なぜEBMが求められるようになってきたのか 手術単独 100人中61人が無再発生存 術後S-1を1年服用 100人中71人が無再発生存 100人の胃癌患者 ACTS-GC trial. J Clin Oncol 2011. 4387- ▪ 診断治療の進歩、医療アクセス改善、治療の均てん化 ▪ データを取って有効性を検証する必要が出てくる ▪ 経験や勘よりもEBMが重視される時代に

7.

恩恵を受けるのは本当に一部の人にすぎない 手術のみ 再発あり 再発なし 手術+ 術後化学療法 術後化学療法での改善幅=術後化学療法の恩恵を受ける群 ▪ 治療群間の差がわずかになればなるほど 新規治療の恩恵を受けられる人の割合は減ってしまう

8.

恩恵を受ける一部の人のために 大部分の人がデメリットを被ることがある 手術+ 術後化学療法 再発あり 受けたのに再発した! 再発なし 副作用のある治療をしたのに 結果的には必要なかった! ▪ 100人中29人は術後化学療法を受けたのに再発した人 ◼ せっかく副作用に耐えて治療を受けたのに再発した! ▪ 100人中61人は術後化学療法なんか不要だったのに 無駄打ち・過剰治療になった人 ◼ わざわざ副作用のある治療をする必要は無かったのに!

9.

個々の患者の利益に眼をつぶることが 個々の患者の利益になる? EBMは、個人よりも全体を重視している ▪ そもそもEBMの性格は、患者の集団に対して マス(全体)の利益を最大化することを目指したもの ▪ 目の前の患者にとって有益かどうかは切り捨てられがちなので ときに目の前の1人の患者にとっては不適切だったり残酷だったり

10.

全体のために個人の不利益が許容されるのがEBM イマチニブ第1相試験参加者に対して 担当医が治験参加の同意取得を行う場面 「臨床試験の目標は医療の進歩に役立てること であって、あなたを救うことではない」 柏書房『フィラデルフィア染色体』2015

11.

エビデンスに基づくのは、言うは易し行うは難し ▪ 「何が患者にとって最善かを考え、慎重に判断すべき」 医師の職業倫理指針(日本医師会) ▪ 「適切な医療を与える事に献身しなければならない」 医の倫理原則(米国医師会) ▪ エビデンスに忠実であることは、 「患者全体・医療全体」にとっては利益であるが 「目の前にいる個々の患者」には不利益である可能性もある という認識を持っておかなければならない。 ▪ エビデンス至上主義者・原理主義者になってはいけない

12.

エビデンスレベル・ピラミッドの功罪 RCTの統合解析 RCT コホート研究 症例対照研究 症例報告 エキスパート・オピニオン Centre for Evidence-Based Medicine https://www.cebm.net/ ▪ 高いエビデンスレベルは大きなインパクトを持つものだが RCTとコホート研究の間に優劣を付けるものではない。 ◼ RCTは観察研究よりえらいわけではない ▪ そもそもRCTは”至高のエビデンス”なのか?

13.

“RCTが無いこと”は“有効性が無いこと”ではない BMJ 2003. 1459-

14.

“RCTが無いこと”は“有効性が無いこと”ではない ▪ 高所からの飛び降りでは、パラシュートが 大怪我の防止に有用というRCTのエビデンスはない ▪ RCTがなくても 証明不要なこともある ▪ RCT至上主義への皮肉 BMJ 2003. 1459-

15.

RCTの母集団は現実世界から乖離している ▪ 切除不能胃癌ではS-1単独療法に比べS-1/CDDP併用療法で OSが有意に延長し、S-1/CDDPが標準治療である しかし患者の内訳を見てみると ▪ 75歳以上は除外 ▪ PS 0とPS 1で全患者の97% PS 2はわずか3% SPIRITS trial. Lancet Oncol 2008. 215-

16.

恩恵を受けた患者層は現実世界に合致しているか 恩恵を受けた患者層は? ▪ 60歳未満には有効だが 60歳以上はHRほぼ1で ほぼCDDP上乗せ効果なし ▪ PS 0には有効だが PS 1はHR 1.00で CDDP上乗せ効果なし ▪ S-1/CDDPの恩恵があるのは 60歳未満でPS 0の層だけ!? SPIRITS trial. Lancet Oncol 2008. 215- ▪ 自分の目の前にいる患者は エビデンスの根拠になった患者群と一致しているのか?

17.

RCTが補正してくれるのは内的妥当性だけ ▪ RCTは試験群と対照群のバイアスは補正できる(内的妥当性) ▪ しかしリアルワールドとのバイアスは補正しない(外的妥当性?) 越えられない壁 R ?? 試験群 対照群 (コントロール群) リアルワールド

18.

RCTでの有意差は臨床的に意味のある差か ▪ 切除不能膵癌の一次治療でGEM単剤にエルロチニブを上乗せ OSは有意に延長する しかしその差は5.95ヶ月→6.47ヶ月(2週間!) PA.3 trial. J Clin Oncol. 2007 1960- 他 ▪ 切除不能胃癌の一次治療でXP療法にラムシルマブを上乗せ OSに有意差はないがPFSは延長する。 しかしその差は5.55ヶ月→5.85ヶ月(たった9日間!) ラムシルマブ上乗せに必要なコストは9万ドル RAINFALL trial. Transl Gastroenterol Hepatol. 2017;2:30 ▪ わずかな差のために 見えない部分に不利益をもたらしていないか?

19.

Post-hoc解析(事後解析)の注意点 ▪ Stage III大腸癌のうち低リスク群では術後療法は3ヶ月でよい ▪ 層別化の線引き IDEA collaboration. J Gastrointest Oncol. 2017 603- ▪ サブ解析のサブ解析?

20.

サブ解析/posthoc解析をどこまで受け入れるか ▪ アスピリンによる大腸癌再発抑制に関連するPIK3CA変異? ◼ ただしこの解析は過去のRCTからの後付け(posthoc解析) NEJM. 2002 1596- ▪ 解析者の恣意的判断が入りうる!? ▪ 出版バイアス!?

21.

でも ”主要評価項目でない≠重要でない” ではない ▪ 切除不能膵癌に対するGEM療法と5-FU療法の比較 ◼ ◼ 主要評価項目:QOLの改善 副次的評価項目:全生存期間(OS)の改善 本研究の重要性は? ▪ QOL改善を目指した試験が 膵癌のOS延長を示し その後の標準治療を変えた J Clin Oncol. 1997 2403-

22.

副次的評価項目のほうが大きな意味を持つことも ▪ 早期からの緩和ケアが生命予後も改善させる可能性がある ◼ ◼ 主要評価項目:QOL・精神症状の改善 副次的評価項目:全生存期間(OS)の改善 本研究の重要性は? ▪ 緩和ケアが予後に悪影響では ないかという懸念を払拭し、 むしろ生命予後にも好影響で あることを示唆した NEJM. 2010 733-

23.

サブ解析が試験の存在価値を高めた例 本研究の重要性は? ▪ EGFR変異により効果が逆転 ▪ 遺伝子異常により治療薬を 使い分ける時代の幕開け IPASS trial. NEJM. 2009 947-

24.

RCTは結果が出るのが遅すぎる ▪ 胃癌術前化学療法に有用性があるのか?ないのか?の”本命”試験 まだ誰にもわからない。 ▪ フォロー終了予定は 2026年3月15日! JCOG1509 NAGISA trial. UMIN000024065 ▪ 学会発表・文献はいつ?

25.

そもそも第3相試験が必要なのか ▪ 迅速承認(1992年FDA〜) ◼ 承認待ち時間を短くするため第3相RCTを省略して承認 やはり検証的試験は必要 ▪ 第2相の結果で承認された が第3相で非劣性を示せな かった薬剤もある ▪ 米国の乳癌ベバシズマブ ABSOLUTE trial. Lancet Gastroenterol Hepatol. 2017 277-

26.

比較方法は妥当なのか ▪ S-1/DOCは胃癌の標準治療であるS-1に比べてOSを延長する ◼ 主解析でOS有意差を認めなかったが、 その後のフォローアップ解析でOS延長を示した 解析のタイミングは? ▪ フォローアップ解析は 事前に規定されていたか START trial. J Cancer Res Clin Oncol. 2013 319- ▪ 検定の多重性は?

27.

コントロール群は最善の治療をなされているか ▪ 進行胃癌3次治療のニボルマブはプラセボに比べてOSを延長する コントロール群の治療は? ▪ 胃癌の3次治療にはRCTで 有用性を示された標準治療 は存在しない ATTRACTION-2 trial. Lancet. 2017 2461- ▪ 実際には2次治療で使われ なかったイリノテカンが使 われることが多い ▪ プラセボが コントロール群でよいか?

28.

エビデンスを作る作業はしばしば非倫理的である http://www.nytimes.com/2010/09/19/health/research/19trial.html

29.

エビデンスを作る作業はしばしば非倫理的である ▪ ベムラフェニブはダカルバジンに比べてはるかに治療成績が優れる NEJM. 2011 2507- ▪ この2つの治療をランダムに 割り付ける臨床試験は倫理的なのか?

30.

RCTは”至高のエビデンス”ではないこともある RCTの統合解析 RCT コホート研究 症例対照研究 症例報告 エキスパート・オピニオン Centre for Evidence-Based Medicine https://www.cebm.net/ ▪ 高いレベルのエビデンスは大きなインパクトを持つが RCTとコホート研究の間に優劣を付けるものではない。 ▪ 一方で、RCTでしか証明し得なかった事実もある ▪ それぞれの強みと限界を理解しておく必要がある

31.

EBM = Evidence-Based Medicine 根拠に基づく「医療」 ▪ 「エビデンスがある医療=EBM」ではない エビデンス以外の要素も合わせてはじめてEBMである 科学的データ 診察・手術手技 チーム・器具・設備 外的妥当性の吟味 文献・学会発表 基礎的データ 患者の希望 価値観 医療者 患者 BMJ. 1995 1085-

32.

EBMの限界を知ることがEBMの第一歩 ▪ エビデンスを盲信・過信のではなく 問題点と限界点を把握してうまく付き合ってゆく必要がある ◼ エビデンスで他人を殴らない! ▪ 現代の医療は個人で対処できる範疇を超えている チームで互いに補い合う体制が重要 ◼ 名医1人で成り立つ時代ではない ▪ 何よりも、興味を持って学び続けることが大切 ◼ 学び続けるモチベーションを維持する仲間も大切