479 Views
October 06, 25
スライド概要
日本脳卒中データバンク(JSDB)は、日本脳卒中協会がその運営に携わってきた歴史を持つ、国内最大規模の脳卒中レジストリ事業です。
この連載は、2018年末までに登録された約20万例のデータを基に日本の脳卒中診療の実態を分析した書籍『脳卒中データバンク2021』の内容を、日本脳卒中協会会報『JSA News』にて連載した記事を再構成したものです。
制作・著作 公益社団法人日本脳卒中協会
転載される場合は、日本脳卒中協会([email protected])にお問い合わせください。啓発目的で制作しました資材です。本資材の一部または全部について商用でご利用は固くお断りいたします。
JSA News (8)第 66 号 2021 年 9 月 1 日 最新の脳卒中データ 脳卒中データバンク2021から 第1回 脳卒中患者17万例の概要 日本脳卒中データバンク 運営委員長 (国立循環器病研究センター 日本脳卒中データバンク事業(Japan Stroke Data Bank:http://strokedatabank.ncvc.go.jp)は 現 在 国 内 130 施設が参加して、20 年以上にわたって 20 万 件を超える急性期脳卒中患者の臨床情報を登録し続 けています。その原型は、小林祥泰先生(現 島根大 学名誉教授)が 1999 年から始められた厚生科研費で の脳卒中急性期患者データベース構築研究で、当時 としては珍しい電子入力方法を当初から採用しまし た。その後も日本脳卒中協会の脳卒中データバンク 部門として小林先生を中心に運営管理し、2003 年 に 7000 例のデータを纏めた書籍「脳卒中データバン ク」 (中山書店)を刊行した後、数年ごとに解析事例 を増やして2015年までに合計4冊が刊行されました。 本事業は 2015 年に国立循環器病研究センター (国 循)に運営が移管され、現在国循内の脳血管内科と 循環器病統合情報センターとで事務局を担っていま す。現状に合わせて倫理的事項を見直し、2016 年か らは入力システムを刷新しました。本年 3 月に移管 後初めての書籍となる「脳卒中データバンク 2021」を 発刊することが出来ました(図 1) 。ここでは 2018 年 末までに登録された 199,599 例の情報を、全国の参加 施設の多くの先生方がそれぞれの切り口で解析し、 その結果を執筆しています。これからしばらくの間、 本書の主だった内容を連載させていただきます。 今回は全体の概要をお示しします。一過性脳虚血 発作を除く脳卒中患者 169,991 例の内訳を表に示し 表 脳卒中患者169,991例の内訳 副院長) 豊田 一則 ます。男性がやや優位で後期高齢者が 4 割を超える こと、病型では脳梗塞が非常に多いこと、急性期病 院を退院する時点での状態は脳出血やくも膜下出血 の方が重症であることなどが分かります。これらの 情報は 2000 年から 2018 年までの 19 年間の蓄積で、 経年的な変化が目立つものもあります。次回また詳 しくご説明したいと思います。 図1
JSA News (6)第 67 号 2021 年 12 月 1 日 最新の脳卒中データ 脳卒中データバンク2021から 第2回 臨床情報入力システム 国立循環器病研究センター 医長 吉村 今回は、日本脳卒中データバンクの臨床情報入力 ともできます。また、誤ったデータの修正も効率的 システムについてご紹介します。2015 年に当センタ に行えるようになりました。入力したデータが明ら ーに運営が移管されたのを機に、新システム構築と かに異常の場合や、必須入力項目が未入力の場合、 入力項目の改正をおこないました。それまでのシス 入力の時点で自動的に警告表示がなされます。事務 テムは、FileMaker® ソフトウェアで作成された共 局スタッフが異常データを発見した際は、施設に入 通のデータベースが参加施設に配布され、各施設が 力データに関する質問を発し、各施設は自ら情報修 入力したデータを年 1 回のペースで事務局に提出す 正することができます。 るものでした(図 1)。事務局は全施設からのデータ 新システム構築時に、入力項目の大改訂も行いま 項目をチェックし、誤ったデータの修正のやり取り した。静注血栓溶解療法の施行率など、脳卒中診療 を各施設と行い、その後に全施設のデータ統合を行 の質の指標として用いられる項目をできるだけ採用 いました。ですから、データ収集時期の作業は大変 し、旧システムで未入力が多い項目や詳細すぎる項 でした。 目は削除しました。また、参加全施設が入力する必 そこで、新しい脳卒中データバンクのシステムで 須入力項目と、脳卒中診療基幹施設が入力する詳細 は、Web 経由のデータ収集システムを採用しまし 入力項目に 2 層化することで、施設の状況に合わせ た(図 1)。研究参加者は、独自の ID とパスワードを たデータ登録労力の削減を図りました(図 2)。 用いて Web システムにログインし、データ入力を 今後も、電子カルテから自動的にデータを取り込 行います。これにより、システム管理やデータのチ むシステムを作成するなど、低労力・低コストでの ェックを事務局で随時行うことができるようになり 悉皆性高いデータベースへの改変は、継続的に取り ました。参加施設は自施設で登録した患者データの 組んでいくべき課題です。 み閲覧でき、入院患者データベースとして用いるこ 図 壮平 年回 図 • 事務局でデータチェックし統合 旧脳卒中データバンクのデータ入力フロー 個人識別情報 の削除 データサーバー • 独自の,'とパスワードでログイン • 参加施設は自施設登録患者データのみ データベース上情報を閲覧可能 新脳卒中データバンクのデータ入力フロー 図1:新・旧脳卒中データバンクのデータ入力フロー 図2:悉皆性と詳細性を両立する二階建て方式
2022 年 2 月 1 日 JSA News 第 68 号(9) 最新の脳卒中データ 脳卒中データバンク2021から 第3回 20年間の脳卒中重症度と転帰の推移 国立循環器病研究センター 副院長 豊田 一則 日本脳卒中データバンク事業(Japan Stroke Data 脳梗塞患者における転帰良好の割合は、年齢調 Bank:http://strokedatabank.ncvc.go.jp)が「脳 卒 中 整後に経年的に上昇しましたが(女性で 1 年毎の データバンク 2021」 (中山書店)を発刊するにあたっ オ ッ ズ 比 1.020、95% 信 頼 区 間 1.015-1.024;男 性 で て、多くの登録情報をあらためて解析し、重要な主 1.015、1.011-1.018)、さらに急性期再灌流療法(静注 題を纏め直しました。本事業に参加する全国の施設 血栓溶解療法またはカテーテルを用いた血栓回収療 の医師が、主題ごとの纏めを本書で分担執筆し、一 法)などで調整すると有意な上昇を認めなくなり、 部の主題に関してはさらに掘り下げた研究が進んで 男性ではむしろ割合が低下しました。転帰不良や います。そのような研究の一つで、2021 年 12 月に 急性期死亡の割合は、男女とも経年的に低下しまし 英文医学誌「JAMA Neurology」オンライン版に掲 た。脳出血患者における転帰良好の割合は、男女と 載された研究成果を、簡単にご紹介いたします。 も年齢などでの調整後に経年的に低下し、くも膜下 本事業への症例登録が本格的に始まった 2000 年 出血患者における転帰良好の割合は、男女とも年齢 初から 2019 年末までに、183,080 例の急性期脳卒中 などでの調整後に経年的に有意な増減を認めません 患者情報が登録されました。その内訳は脳梗塞患者 でした。このことから、脳梗塞は 20 年間に再灌流 が 135,266 例(女性 39.8%、発症時年齢中央値 74 歳)、 療法などの影響で転帰が良くなり、脳出血やくも膜 脳出血患者が 36,014 例(女性 42.7%、年齢中央値 70 下出血ではそのような傾向を認め難いことが分かり 歳)、くも膜下出血患者が 11,800 例(女性 67.2%、年 ました。3 病型ともに転帰を改善できるよう、今後 齢中央値 64 歳)でした。3 病型ともに、20 年の経過 さらに新しい治療法の開発が必要です。 の間に発症時年齢が上昇し、入院時神経学的重症度 このような 20 年間にわたる長期間の脳卒中の流 [国際標準尺度であるNational NIH Stroke Scale(42 れを調べた報告は世界でも少なく、本事業へ参加し 点満点の評価法で、高点数ほど重症)、およびくも 長年登録を続けてきた全国の医師や、登録に協力し 膜下出血に関しては世界脳神経外科連合分類(5 段 てくださったたいへん多くの患者さんのお蔭で、非 階の評価法で、高点数ほど重症)]は軽症化しました 常にだいじな脳卒中診療の流れを明らかにすること (図)。 が出来ました。 図 脳梗塞患者135,266例の発症時年齢と入院時神経学的重症度(NIH Stroke Scale)の経年的変化 ※箱髭図においては、箱が25%値、中央値、75%値を、髭が10%値、90%値を表す。
JSA News (18)第 69 号 2022 年 6 月 30 日 最新の脳卒中データ 脳卒中データバンク2021から 第4回 腎不全に関連する脳梗塞病型とその臨床転帰 国立循環器病研究センター 脳血管内科 三輪 佳織 日本脳卒中データバンク(Japan Stroke Data Bank: た。透析療法の有無に関するデータ項目から、185 JSDB)の登録データを用いて、腎不全に関連する脳 例(1.8%)が透析患者に分類しました。eGFR 60mL/ 梗塞病型と機能転帰の関連を解明しました。研究成 min/1.73m2 以上または蛋白尿陰性である「腎不全の 果が、英文医学誌「Neurology」に掲載されましたの 既往なし」患者を対照群としました。 評価項目として、脳梗塞病型は TOAST 分類を用 で、ご紹介いたします。 腎不全は、脳卒中を含む心血管病の危険因子で いて、心原性脳塞栓症、アテローム血管性脳梗塞、 す。高齢化社会の進行とともに、腎不全の患者数は 小血管梗塞(ラクナ梗塞)、その他の脳梗塞、原因不 増加傾向であることから、腎不全患者における脳卒 明脳梗塞を評価しました。退院時の機能転帰(患者 中の予防法や治療法の開発は重要な課題です。 自立度)は、修正ランキン尺度(0[後遺障害なし]〜 脳卒中のうち、脳梗塞は75%と最も多い頻度です。 6[死亡]の 7 段階の評価法)を用いて評価し、同尺度 脳梗塞の発症機序は多様であり、脳梗塞の病型診断 の 3 〜 6 を転帰不良と定義しました。さらに院内死 は、二次予防の治療方針を決定する上で重要です。 亡を評価しました。 腎不全患者に関連する脳梗塞病型や臨床的影響を評 価した大規模な報告はありませんでした。 脳梗塞病型のうち、腎不全患者や蛋白尿を認める 患者は、心原性脳塞栓症の割合が最も多く(図1)、 本研究は、2016 年から 2019 年までに登録された 多変量解析で調整後も増加の関連を認めました。透 急性期脳梗塞症例のうち、入院時血液検査が入力 析患者では、心原性脳塞栓症の割合が高いことを認 された 10,392 例を対象としました。血清クレアチ めました。 ニン値から、腎機能の指標である推定糸球体濾過 脳梗塞後の機能転帰について、中等度低下の腎不 量(eGFR)を算出し、eGFR 60ml/min/1.72m2 以下 全患者や蛋白尿を認める患者は、心原性脳塞栓症や または蛋白尿(尿定性+1 以上)陽性を「腎不全の既 小血管梗塞における転帰不良と院内死亡に、それぞ 往あり」と分類しました。腎不全の重症度は、国際 れ有意な関連を認めました(図 2)。透析患者では、 腎臓病ガイドラインの重症度分類に基づき、5,997 心原性脳塞栓症の転帰不良と関連を認めました。 例(58%)が正常もしくは軽度低下(eGFR ≥ 60mL/ 腎不全患者における脳梗塞病型とその臨床転帰を min/1.73m2)、2,419 例(23%)が 軽 度 〜 中 等 度 低 下 大規模研究で明らかにしました。脳卒中専門診療に (eGFR 45-59mL/min/1.73m2)、1,795 例(17%)が 中 特化した医療機関が多数参加した JSDB から、実臨 等度低下(eGFR<45mL/min/1.73m2)に分類しまし 床を反映した研究結果を示すことができました。 朗読配信─聴く脳卒中体験記─ 第 24 回脳卒中体験記で優秀賞を受賞した栗原弘氏の作品 「自画じーさん」を朗読し、録音しました。日本脳卒中協会の ホームページで動画として公開していますので、ぜひご視聴 ください。 ホームページ http://www.jsa-web.org/citizen/90.html#kiku
JSA News 2022 年 9 月 15 日 第 70 号(7) 最新の脳卒中データ 脳卒中データバンク2021から 第5回 脳卒中データバンクの年次報告書 国立循環器病研究センター OIC 情報利用促進部 上級研究員 和田 晋一 脳卒中データバンク(Japan Stroke Data Bank: を用いた病院受診割合は脳梗塞 63.4%、一過性脳虚 JSDB)では、多くの施設に症例登録の協力をいただ 血発作 58.5%、脳出血 86.0%、くも膜下出血 91.2% で いており、累計登録症例数も増加しています(図 1)。 した。自宅退院割合は脳梗塞 49.7%、一過性脳虚血 この状況を踏まえて JSDB では 2018 年より年次報告 発作 88.2%、脳出血 25.1%、くも膜下出血 48.3% でし 書を毎年作成し、登録症例の背景、治療内容、転帰 た。急性期病院での入院中死亡の割合は脳梗塞3.7%、 の概況を JSDB ホームページ上で公開しています。 一過性脳虚血発作 0.1%、脳出血 13.9%、くも膜下出 直近 2021 年年次報告書では、発症 7 日以内の急性 血19.4%でした。その他、年次報告書には年齢、性別、 期脳梗塞、一過性脳虚血発作(一時的な脳虚血によ 既往・併存症、急性期治療の施行割合などの結果が り神経脱落症状出現し、画像上急性期脳梗塞を認め 示されていますので JSDB ホームページよりご参照 ず、24 時間以内に症状消失する病態)、脳出血、く いただけましたら幸いです。 も膜下出血の診断で参加施設に入院し、2020 年 1 月 年次報告書の結果によって脳卒中診療の概況を年 1 日から同年 12 月 31 日の 1 年間に退院した症例を対 単位で確認できます。さらに 2000 年から 2019 年ま 象とした結果を公表しています。今回の対象期間中 での 20 年間の長期的な脳卒中重症度と転帰の推移 の参加登録施設は 130 施設であり、計 19841 症例が について、本特集第 1 回、第 3 回で紹介しましたが、 登録されました。脳卒中病型の分布は脳梗塞 71.6%、 年次報告書を追うことで今後の概況も随時確認いた 一過性脳虚血発作 3.5%、脳出血 19.7%、くも膜下出 だけます。 血 5.2% でした(図 2)。救急車など救急搬送システム 図1 図2
JSA News (10)第 71 号 最新の脳卒中データ 2022 年 11 月 30 日 脳卒中データバンク2021から 第6回 医療行政における脳卒中の 診療情報の活用について 国立循環器病研究センター 脳血管内科 / 研究医療課 / 循環器病対策情報センター 石上 晃子 本連載の過去の記事にあったように、日本脳卒 寿命の延伸等を図るための脳卒中、心臓病その他の 中データバンク事業(Japan Stroke Data Bank: 循環器病に係る対策に関する基本法」 (以下、基本 http://strokedatabank.ncvc.go.jp)は、現在国内の約 法)にも、基本的施策のひとつとして、 「情報の収集 130 施設が参加し、20 年以上にわたって 20 万件を超 提供体制の整備」が示されており、国循では、厚労 える急性期脳卒中患者の臨床情報を登録している、 省からの委託を受けて、その実現に向けて検討を進 脳卒中のデータベースです。その原型は、小林祥泰 めています。 先生(現 島根大学名誉教授)が 1999 年から始められ しかし、このような体制は一朝一夕に整うもので た厚生科学研究費での脳卒中急性期患者データベー はなく、公的に十分なデータベースが整うまで、 「脳 ス構築研究で、その後、日本脳卒中協会の「脳卒中 卒中データバンク」の役割は大きいと考えます。例 データバンク部門」として運営管理され、2015 年に えば、 「脳卒中データバンク」は、上記の検討会にお 国立循環器病研究センター(以下、国循)に運営が移 いて、循環器病の診療実態を把握している調査・取 管されました。現在は、国循内の脳血管内科と情報 組の主なものとして取り上げられており、具体的に 利用促進部において事務局を担っています。 は、診療提供体制の議論の場において、そのデータ 行政において、施策を立案するためには、データ を引用される等、行政においても利用されてきまし が不可欠です。例えば、どの地域でどれだけの患者 た。現状では、「脳卒中データバンク」にはすべて さんが脳卒中を発症しているかがわからなければ、 の脳卒中患者さんが登録されているわけではありま 適切な病院の配置を検討することはできません。し せんが、脳卒中診療に従事する者・研究者がつくる かし、現在、日本には、脳卒中の患者さん全員を登 データベースとして、詳細、正確な診療情報を把握 録するようなデータベースは存在していないため、 することができているという事実はあります。 日本にどれだけの脳卒中患者さんがいるのか、年間 公的な情報収集提供体制の整備の有無に関わらず、 どれだけの患者さんがあらたに脳卒中を発症してい 「脳卒中データバンク」には、その特徴を活かした活 るのか、正確に把握することはできません。 用が期待されると考えます。昨今、国ではデータヘ 国は、そのような状態を踏まえ、2019 年に、「非 ルス改革が進められていますが、「脳卒中データバ 感染性疾患対策に資する循環器病の診療情報の活用 ンク」としては、その動向も見据えつつ、他のデー の在り方に関する検討会」 (以下、検討会)を設置し、 タベースとの住み分け、連携を図りながら、行政的 脳卒中を含めた循環器病の診療情報の活用の在り方 にも役立つデータベースであり続けたいと考えてい について検討しました。また、先般成立した「健康 ます。
JSA News 2023 年 2 月 1 日 最新の脳卒中データ 第7回 第 72 号(7) 脳卒中データバンク2021から 心臓病をもつ脳卒中患者の特徴 国立循環器病研究センター 医長 吉村 壮平 脳卒中の入院治療中に、なんらかの病気が一緒に 心臓病をもつ脳卒中患者は、心臓病のない患者よ 起こることがしばしばあります。脳卒中自体ではな り高齢で、過去に脳卒中を起こした割合も高く、日 く、一緒に起きてしまった病気により死亡したり、 常生活動作も低下していました。 退院後の体の動きが悪くなることがあります 1)。な 退院時に日常生活動作がほぼ自立している割合 かでも心臓病は、心臓病の原因が脳卒中の原因と は、心臓病患者では 43%で、心臓病のない患者の 同じだったり、脳卒中により心臓病が悪化したり、 55%より少ない結果でした。これは、心臓病患者が 心臓病やその治療薬が脳卒中の原因になったりと、 高齢で、そもそも脳卒中発症前の日常生活動作が低 脳卒中ととても関係が強い病気です。書籍「脳卒中 下しており、脳卒中の重症度も高いため、脳卒中後 データバンク 2021」から、心臓病をもつ脳卒中患者 の障害が重くなってしまったと考えられます。また、 の特徴について紹介します。 心臓病を持つ患者では、自宅へ退院できた割合も低 2016 年 10 月から 2018 年末までに登録された急性 い結果でした(43.1%対 51.5%、図 2)。 期脳卒中患者、24570 例のうち約 3 割*は脳卒中発症 脳卒中データバンクの研究により、心臓病と脳卒 前に何らかの心臓病を患ったことがありました(図1) 。 中の経過に強い関連があることが改めて分かりまし その内訳としては、心房細動または心房粗動、虚血 た。心臓病をもつ方の診療では、心臓病の主治医と 性心疾患、うっ血性心不全が過半数を占めていまし 脳卒中診療医が連携を密にして、脳卒中発症予防に た。複数の心臓病をもつ患者も 25% いました。 も注意していくことが重要と思われます。 *脳卒中データバンク登録患者の約 3/4 は脳梗塞または TIA で あるため、心臓病の割合が比較的高率であることが特徴です。 文献 1)Johnston KC, et al. Medical and neurological complications of ischemic stroke: experience from the RANTTAS trial. RANTTAS Investigators. Stroke. 1998 Feb;29(2):447-53 図1 脳卒中患者が心臓病を患っていた割合 図2 心臓病をもつ脳卒中患者の退院先
JSA News 2023年 7月 10日 最新の脳卒中データ (9)第 73号 脳卒中データバンクから 第 8 回 脳卒中対策推進の重要な基礎資料: 脳卒中データバンクの意義を再確認 国立循環器病研究センター 脳血管内科 古賀 政利 2018 年に成立した健康寿命の延伸等を図るための 国内の約 130施設が参加し、21年以上にわたって 27 基本法(脳卒中・循環器病対策基本法)ではその基本 いる全国規模の脳卒中登録システムです。WEB ベー 脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る対策に関する 的施策において情報の収集提供体制の整備等のなかで 全国の脳卒中・循環器病に関する症例に係る情報の収 集及び提供を行う体制を整備するために必要な施策を 講ずるよう努めることが明記されました。また、日本 脳卒中学会と日本循環器学会が作成した「脳卒中と循 環器病克服第二次 5ヵ年計画」では登録事業の促進と して日本脳卒中学会年次診療実態調査、J-ASPECTや 日本脳卒中データバンクなどを基盤としたわが国の脳 卒中医療の礎となる登録システムの確立を目指すこと が示されています。悉皆性の高い予防・救急搬送・診 断・治療・リハビリテーション治療・介護・福祉など の脳卒中基礎データの登録システムが確立することに よって、都道府県が医療計画を策定する際の基礎資料 万件を超える急性期脳卒中の個別臨床情報を登録して ス の 多 目 的 臨 床 データ 登 録 シ ス テ ム( MCDRS )や パーソナルコンピューター上の FileMaker Proで作成 した登録システムに医師などがデータを登録していま す。脳卒中データバンクの目的は、脳卒中患者の治療 の実態及び予後を継続的に把握するとともに、治療成 績を分析し、日本における脳卒中患者の治療指針を検 証すること、並びに最適な治療法の研究及びエビデン ス作成等です。現在のところ、わが国の全ての脳卒中 診療施設が症例を登録しているデータベースは存在し ません。今後構築されていく悉皆性の高い脳卒中の登 録システムの基盤として日本脳卒中データバンクなど の活用が期待されています。 2017年度より前年度に登録された脳卒中記述統計 となり、適正な診療提供体制と地域包括システムを構 を年次報告書として WEB 公開し、参加施設の臨床指 資源の有効な活用に繋がる可能性がたかまります。ま 化と均てん化に繋がることを目指しています。今後の 築することが可能になります。その結果、医療・社会 た、各都道府県の脳卒中・循環器病対策推進計画の遂 行状況をモニタリングすることが可能になります。さ 標結果のフィードバックを開始し、脳卒中診療の標準 課題として、電子カルテ情報の自動取込などによる データ登録の簡便化、マイナンバーなどの活用も検討 らに脳卒中診療の標準化と均てん化が促進され、過剰 されているpersonalized health recordなど外部データ れています(表)。 年計画の登録事業を促進するためさらなる脳卒中デー 医療の抑制による医療費の適正化につながると考えら 日本脳卒中データバンク事業( Japan Stroke Data Bank:http://strokedatabank.ncvc.go.jp )は、現在 ベースとの連携などがあります(表) 。対策基本法、5ヵ タバンクの登録および活用を推進していきます。 表. 脳卒中登録事業による期待される効果 〇 都道府県が医療計画を策定する際の基礎資料となる 〇 適正な診療提供体制と地域包括システムを構築することが可能になる 〇 医療・社会資源の有効な活用に繋がる 〇 脳卒中・循環器病対策推進計画の遂行状況をモニタリングすることが可能になる 〇 脳卒中診療の標準化と均てん化が促進される 〇 過剰医療の抑制による医療費の適正化につながる 日本脳卒中データバンクの課題 〇 電子カルテ情報の自動取込などによるデータ登録の簡便化 〇 personalized health dataなど外部データベースとの連携
JSA News (6)第 74号 最新の脳卒中データ 第9回 2023年 9 月 25日 脳卒中データバンクから 日本のくも膜下出血の研究について 島根県立中央病院 脳神経外科 医療局次長 井川 房夫 脳卒中データバンクは、1999年島根大学名誉教授 未来像とも言えます。日本には高齢者のくも膜下出血 小林祥泰先生により日本初の脳卒中疾病登録システム のデータ多くあるため、私共はくも膜下出血のデータ として開発された事業で公益社団法人日本脳卒中協会 を用いることにより、くも膜下出血の重症度と年齢に の脳卒中データバンク部門として継続されました。 よる転帰予測の見える化に成功しました(図 1)。発症 2015 年国立循環器病研究センターに日本脳卒中デー 時の重症度と年齢により退院時の転帰が予測できるた タ バ ン ク 事 業( Japan Stroke Data Bank:https:// め、患者様とそのご家族にとっては治療の可否の判断 strokedatabank.ncvc.go.jp/ )として運営を移管し、 やあらかじめ今後の準備等に役立つと思われます。 運営委員長は国立循環器病研究センター峰松一夫名誉 脳卒中は退院時より 6ヵ月たった時点の方が改善す 院長から、2018年より豊田一則副院長が管理してお ることが多く、退院後のデータも重要ですが、脳卒中 ります。私は、2000年から脳神経外科医として参加 データバンクは、現在退院時のデータしかなく、今後 し、くも膜下出血について研究しています。 は各施設で調査することにより 6ヵ月後のデータ入力 我が国の未破裂脳動脈瘤は欧米に比較して約 3倍破 の検討も必要と考えられました。また、現在かなり膨 裂しやすく、したがって日本は世界で最もくも膜下出 大なデータとなっていますが、疾患別にクリーニング 血の頻度が高い国になっております。近年は脳ドック されたデータを保存することにより、次回利用時によ 等で高血圧、喫煙の生活習慣を改善することにより日 り効率的運用が可能と思われました。 本のくも膜下出血の頻度も減少しておりますが、欧米 参加施設のご努力により脳卒中の患者様の貴重な に比較して未だに高く、その原因と対策の研究を続け データを登録できる本事業は、世界に類を見ない画期 ております。20 年以上も継続している脳卒中データバ 的なシステムであり、今後も継続していきますので、 ンクを用いることにより様々なことが解明してきまし 引き続きよろしくお願いいたします。 たが、日本は世界一高齢化が進んでおり、他の国々の 図1 入院時重症度と年齢から退院時転帰不良率を予測できる ( Ikawa F, et al. J Neurol Neurosurg Psychiatry 2021;92:1173‒1180 より引用) 退院時転帰不良率 入院時重症度 年齢
JSA News 2024年 2月 15日 最新の脳卒中データ 第 76号 (7) 脳卒中データバンクから 第 10 回 脳梗塞の重症度毎の再灌流療法施行 率と転帰の推移 国立循環器病研究センター 脳血管内科 日本脳卒中データバンク( Japan Stroke Data Bank: 髙下 純平 調べました。また、転帰良好(退院時の日常生活動作 JSDB )の登録データを用いて、日本全国における急性 自立)の割合の経年的な推移を調べました。 期再灌流療法の施行率の推移と臨床転帰の変化を調べ 重症群の静注血栓溶解療法の施行率は 2000-2005 ました。研究成果が、英文医学誌「 Stroke: Vascular 年から 2016-2020年の間で 1.6%から 26.5%まで増加 Interventional Neurology 」に掲載されましたので、 し、血栓回収療法の施行率は 2.0%から 29.8%に増加 ご紹介致します。 していました。転帰良好の割合は、経年的に上昇して 脳梗塞に対する静注血栓溶解療法またはカテーテル い ま し た(1年 毎 の オッズ 比 1.254、95% 信 頼 区 間 を用いた血栓回収療法は再灌流療法と呼ばれ、原因と 1.204-1.306)。 中 等 症 群 で は 静 注 血 栓 溶 解 療 法 は なる血管閉塞を再開通させることで脳の損傷を防ぎ、 0.5%から 16.4%、血栓回収療法は 1.1%から 9.0% ま 後遺症を軽減することができる画期的な治療です。日 で上昇しましたが、転帰良好の割合の経年的な変化は 本全国で再灌流療法が普及しているかを調べることを ありませんでした(1年毎のオッズ比 1.005、95% 信 目的に研究を開始しました。また再灌流療法は、重症 頼区間 0.966-1.046)。軽症群では静注血栓溶解療法 の脳梗塞患者さんが治療の対象となりやすいのが現状 は 0.2%から 5.1%、血栓回収療法は 0.7%から 2.8% ま です。そのため、脳梗塞の重症度による再灌流療法の で上昇しましたが、転帰良好の割合は経年的に減少し 施行率や転帰の推移の違いを合わせて調べました。 ていました(1年毎のオッズ比 0.954、95% 信頼区間 2000 年から 2020 年までの間に登録された、急性期 0.931-0.978)。 脳梗塞 127,714例を対象としました。対象症例の入院 大規模データベースを用いた研究により、日本にお 時神経学的重症度を、National Institutes of Health ける再灌流施行率の上昇、それに伴う重症脳梗塞患者 Stroke Scale( NIHSS )スコア(42点満点の評価方法 さんの転帰改善が明らかになりました。一方、軽症脳 で高点数ほど重症)を元に重症( NIHSSスコア 10以 梗塞患者さんに対する再灌流療法施行率は低く、おそ 上)、中等症( NIHSSスコア 6-9)、軽症( NIHSSスコ らく高齢化に伴う影響により転帰良好の割合が徐々に ア 5以下)の 3群に分類しました。各群において 5年毎 減少しているという課題を示すことができました。 の静注血栓溶解療法、血栓回収療法の施行率の推移を お客さまを脳卒中からお守りする活動 三井住友海上あいおい生命は「脳卒中」の病気、治療・予防のことを 広める活動を行っています。「一人でも多くの命が救われ、後遺症 で苦しむ人がなくなる社会」に貢献することも大切な使命と考え、 Supported by Mitsui Sumitomo Aioi Life Insurance 啓発・社会貢献活動に取組んでいます。 情報発信サイト「脳卒中 Report」 http://www.senshiniryo.net/
JSA News 2024年 6月 30日 最新の脳卒中データ 第 77号 (9) 脳卒中データバンクから 第11回 低体重は日本人脳卒中患者の転帰不良に 関連する:日本脳卒中データバンク研究 国立循環器病研究センター 脳血管内科 日本脳卒中データバンク( Japan Stroke Data Bank: JSDB)の登録情報を用いて、BMI( body mass index ) 三輪 佳織 脳卒中病型や obesity paradox の関連は明らかではあ りません。 の脳卒中後転帰の臨床的影響を解明しました。研究成 日本は世界的に進んだ高齢化社会であり、また肥満 果がWorld Stroke Organization 機関紙「International 率が低いことから、日本人集団に関する独自の検証が Journal of Stroke 」に掲載されますので、紹介させて 必要でした。そこで、JSDBを用いて、BMIが脳卒中 いただきます。 病型毎の機能転帰に及ぼす影響を検証しました。 BMI[体重( kg )÷身長( m )÷身長( m )]は国際的 2006年から 2022年まで JSDBに登録された急性期 に使用される肥満指標です。肥満は、生活習慣病や心 脳卒中例のうち、入院時 BMIが入力された急性期脳卒 血管病の発症リスクが高いことが知られています。一 中 56,230例のうち、脳梗塞 (43,668例、平均年齢 74 方で、心血管病の発症後の機能回復はむしろ良好であ ± 12歳)、 脳 出 血(9,741例、 平 均 年 齢 69± 14 歳)、 ることが報告されており、「 obesity paradox 」と呼 くも膜下出血(2,821例、平均年齢 63± 15歳)を対象 ばれています。 としました(図 1)。BMIは WHO(世界保健機構)が 脳卒中においても、肥満は発症リスク因子であるこ 推奨するアジア人における定義に基づき、18.5未満を とが確立していますが、発症後の転帰に関する研究結 低体重、18.5~23未満を正常体重、23.0~25.0未満 果は一貫していません。複数の先行研究から、脳卒中 を過体重、25.0~30.0未満を I 度肥満、30以上を II 度 のうち、脳梗塞において BMI 18.5kg/m2 未満の低体 肥満と分類しました。 重と転帰不良の関連は報告されていますが、その他の 図1 脳卒中の病型別における BMI 分類の割合(%) BMI 18.5kg/m2 未満(低体重)は、脳梗塞と各病型
JSA News (6) 第 78号 最近の脳卒中データ 2024年 9 月 13日 脳卒中データバンク 2021から 第 12 回 心房細動を合併する脳梗塞: 増えたか? 減ったか? 治っているか? 日本脳卒中データバンク 代表 (国立循環器病研究センター 心房細動は、脳梗塞の原因として有名な不整脈です。 心腔内に血流の淀みを作り、左心耳と呼ばれる袋小路の ような構造物などに、血栓を作ります。この血栓が剥が れて流れて、脳の血管を突然詰めて脳梗塞を起こします。 近年では直接作用型経口抗凝固薬(ダビガトラン、リバー ロキサバン、アピキサバン、エドキサバン)が普及し、 以前より多くの心房細動患者がきちんと抗凝固薬を服用 して、脳梗塞予防に努めています。このような治療の変 化に伴って、心房細動関連脳梗塞の患者は減ったでしょう か? また脳梗塞の重症度や転帰も変わったでしょうか? このような疑問に、日本脳卒中データバンク事業( Japan Stroke Data Bank:http://strokedatabank.ncvc.go.jp ) の臨床情報を用いて応えます。なおご紹介する内容は、 2024年 9 月 に 英 文 医 学 誌「 Journal of Atherosclerosis and Thrombosis 」オンライン版に掲載される予定です。 日本脳卒中データバンクの歴史は 20 年を超えます。今 回は 2000 年から 2020 年までの 21 年間に登録された急 性 期 脳 梗 塞 142351例 を 対 象 と し ま し た。 こ の う ち 33870 例(24% )が心房細動を有していました。心房細 動を有する割合は、2016 年まで 24% 前後で推移してい 心房細動を有する脳梗塞患者群と有さない 脳梗塞患者群における初診時神経学的重症 度と退院時転帰の比較 一則 ましたが、それ以降は 21〜23%に減っています(図 1) 。 欧州からのいくつかの研究でも同じように脳梗塞患者に 占める心房細動有りの割合が近年減少傾向にあり、直接 作用型経口抗凝固薬が脳梗塞の発症予防に良い役割を果 たしているのかもしれません。 また入院時神経学的重症度[ NIH Stroke Scale(42点 満点の評価法で、高点数ほど重症) ]や退院時転帰良好の 割合は、図 2に示すように心房細動を持つ患者が明らか に重症で転帰良好が少ないのですが、統計解析で NIH Stroke Scaleなどを用いて調整すると、心房細動患者の 転帰良好者が有意に多くなりました。 心房細動関連脳梗塞患者の転帰良好の割合は、21年間で 経年的に有意に多くなりました(調整オッズ比1.018,95% 信頼区間 1.010 1.026)。心房細動を有さない患者にも 同じ傾向がみられますが、心房細動患者はより急勾配で 割合が多くなります。このように、脳梗塞診療の悩みの 種であった心房細動に対して、少しでも脳梗塞を発症し ないように、また少しでも起こった脳梗塞が重症化しな いように、次第に医学が発達してきたように思えます。 図 1 A. 日本脳卒中データバンクで急性期脳梗塞患者が心房細動を有する割合の経年変化 B. 欧州における心房細動関連脳梗塞発症率と直接作用型経口抗凝固薬服用割合の経年変化 図2 副院長) 豊田
JSA News (8) 第 79号 最近の脳卒中データ 第 13 回 2025年2月1日 脳卒中データバンク 2021から 抗血栓薬の最大の副作用である 脳出血について 新垣 慶人 抗血栓薬は心筋梗塞や脳梗塞などの血栓による病気を 全ての評価項目において、抗血栓薬を内服していない 予防するために広く使用されていますが、抗血栓薬使用 例と比較して、ワルファリン使用例は統計学的に重症化 者は脳出血の発症リスクが高いことが報告されていま の傾向がみられました((1)入院時の NIHSS:調整リ す。しかし、抗血栓薬使用者が脳出血を発症した場合、 スク比 1.09 [95%信頼区間 1.06-1.13]、(2)退院時の 抗血栓薬を内服していなかった場合と比較して、重症化 mRS が5または6:調整オッズ比 1.90 [95%信頼区間 リスクが高いかどうかは十分に分かっていません。そこ 1.28-2.81]、(3)入院中の死亡率:調整オッズ比 1.71 で、日本脳卒中データバンクを用いて、抗血栓薬の脳出 [95%信頼区間 1.11-2.65])。一方、DOAC 使用例と抗血 血への影響を検証しました。研究成果が、英文医学誌 小板薬使用例は、全ての評価項目において、抗血栓薬を 「International Journal of Stroke」 に掲載されましたので、 内服していない例と統計学的に有意な差がみられません ご紹介致します。 でした。(表1、図2) 抗血栓薬には、 「抗血小板薬」と「抗凝固薬」の2種 本 研 究 の 結 果 か ら、 適 切 な 脳 出 血 治 療 を 行 え ば、 類があり、 「抗凝固薬」にはワルファリンや直接作用 DOAC や抗血小板薬を使用していることが重症化に繋が 型経口抗凝固薬(DOAC)が含まれます。2017 年から らない可能性が示されました。また、ワルファリン使用 2020 年に日本脳卒中データバンクに登録された 9,810 例においても、中和剤(薬剤の効果を中和する薬)を適 例の脳出血例を対象とし、 抗血栓薬非使用例(7,560 例)、 切に使用すれば、入院中の死亡率が悪化しない可能性も ワルファリン使用例(389 例) 、DOAC 使用例(571 例)、 示されました。抗血栓薬が必要な患者でも脳出血などの 抗血小板薬使用例(1,290 例)の4群に分類しました。 副作用に対して迅速に対応でき、安全性が高まっている (図1)脳出血の重症度を評価する項目を、 (1)入院時 の神経学的な重症度を示す National Institutes of Health Stroke Scale(NIHSS) (42 満点の評価方法で高点数ほ 図ように思えます。 1 . 各 抗 血栓 薬 の 割 合 抗血小板薬 表 各抗血栓薬群ごとの重症度型関連 表 11. . 各 抗血栓薬群ごとの重症度 1,290 ど重症) 、 (2)退院時の機能的な回復状況や障害の程度 DOAC 571 を評価する modified Rankin Scale(mRS)が5または6 ワルファリン 3 89 抗血栓薬 ワルファリン DOAC 抗血小板薬 389 (4.0) 571 (5.8) 1,290 (13.2) 抗血栓薬未使用 7,15 560[5–30] 12 [5–22] 13 [6–24] 13 [5–26] 非使用 である割合(0から6までのスコアで評価され、0は後 症例数(%) 遺症がない状態、6は死亡を意味します。 ) 、 (3)入院中 入院時 NIHSS の死亡率としました。 退院時 mRS 5–6 2,331 (30.8) 189 (48.6) 237 (41.5) 541 (41.9) 院内死亡率 985 (13.0) 106 (27.3) 108 (18.9) 230 (17.8) 7,560 (77.1) 図 1.各抗血栓薬の割合 図 1. 各抗血栓薬の割合 図図2. 2. 評価 項目における多変量解析結果 評価項目における多変量解析結果 抗血小板薬 1,290 DOAC 571 ワルファリン 3 89 抗血栓薬未使用 7,560 図2. 評価項目における多変量解析結果
JSA News 2025年5月1日 最近の脳卒中データ 第 80号 (7) 脳卒中データバンク 2021から 第 14 回 がんを持つと脳卒中の転帰は どう変わる?転帰への影響を解説 筑波大学附属病院 脳卒中科 吉本 武史 がんの治療が発達して、がんを克服する方が増えて 患者の 16.0%を上回りました.また,がんの活動性も きたことに伴い、このような方に発症する脳卒中や心 転帰に大きな影響を及ぼすことが確認されました.活 臓血管病にどのように対応すべきかが、大きな医学的 動性がん(6 ヵ月以内に診断されたがん,6 ヵ月以内 問題として注目されています。日本脳卒中データバン に治療(化学療法・放射線療法など)を受けているがん, ク(Japan Stroke Data Bank)を用いて,がんを合併 現在治療中または治療待機中のがん)を有する虚血性 する虚血性脳卒中(脳梗塞)および出血性脳卒中(脳 脳卒中患者では,非活動性がん(活動性ではないがん) 内出血,くも膜下出血)患者における臨床転帰を調査 やがんのない患者と比較して,退院時の日常生活自立 しました.本研究の結果は,英文医学誌「Journal of の割合がさらに低く,入院中死亡率は最も高い値を示 the Neurological Sciences」 に 掲 載 さ れ ま し た の で, しました.これらの結果は,がんによる血液凝固異常 ご紹介いたします. や血管障害,さらに抗がん剤や放射線治療の影響が原 本研究は,2000 年から 2020 年の間に登録された 因として考えられます.さらに,がん患者が脳卒中治 急性脳卒中患者 203,983 名を対象に,がんを有する患 療のガイドラインに基づいた適切な治療を受けられな 者とがんのない患者の転帰を比較しました.その中で, い場合も,転帰の悪化の要因となる可能性が指摘され 虚血性脳卒中患者は 152,591 名,出血性脳卒中患者 ています.図は 2016 年から 2020 年まで直近のがん は 51,392 名を占め,がんを合併する患者はそれぞれ 合併患者の頻度です(図). 4.2%および 3.0%でした.がんを合併する虚血性脳卒 がんを合併する脳卒中患者の臨床的リスクを明確に 中患者は,退院時の日常生活自立(修正ランキンスケー した点で,本研究は意義深いものです.特に,進行が ル 0‒2)を達成する割合が 47.5%と低く,がんを持た んや転移を有する患者におけるさらなる詳細なリスク ない患者の 56.3%を下回りました.さらに,入院中死 因子の特定が,今後の研究の重要な課題となるでしょ 亡率は 6.7%と,がんを持たない患者の 4.5%よりも う.本研究の結果をもとに,がん患者に適した脳卒中 高い結果を示しました.同様に,出血性脳卒中患者に 治療の戦略をさらに進化させることが期待されます. おいても,がんを合併する患者は退院時の日常生活自 立の達成率が 24.9%とがんのない患者の 35.7%を下 回り,入院中死亡率は 20.1%であり,がんを持たない 図 . 脳卒中患者の内,がん合併患者の頻度
JSA News (6) 第 81号 最近の脳卒中データ 2025年 7 月 31日 脳卒中データバンク 2021から 第 15 回 発症時刻不明脳梗塞の特徴 関西電力病院 脳神経内科 和田 晋一 脳梗塞は突然発症する病気として知られています 梗塞では大きな血管が詰まることが多く意識が悪くな が、治療方針を考える上で発症時刻の情報は重要にな る重症脳梗塞を発症しやすいため発症時刻が不明とな ります。しかし、中には発症時刻がわからない方も受 ることが一因と考えられます。さらに発症時刻不明脳 診されることがあり、発症時刻不明脳梗塞と言われて 梗塞では重症な脳梗塞が多いため急性期病院を退院す います。発症時刻不明脳梗塞となる要因として、就寝 る時の転帰も悪いといわれています(図)。 時には問題ないものの睡眠中に脳梗塞を発症し起床時 今後、脳梗塞での後遺症軽減のためには発症時刻不 に症状に気づいて受診される方や、意識が悪い、言葉 明脳梗塞に対する治療介入の余地を探っていく必要が が出ないといった脳梗塞による症状のために発症時刻 あります。発症時刻不明脳梗塞では最後に元気だった を申告できない方、目撃者がいない方が挙げられます。 ことが確認された時刻を元に治療方針を決めることが 日本脳卒中データバンクにおける発症時刻不明脳梗 ありますが、最近は画像所見を元に治療方針を選択す 塞の特徴として、高齢の方、脳卒中の既往のある方、 ることがあるため、今後は画像所見を含めた治療法の 心房細動など心疾患を持つ方などが主に挙げられてい 進歩や検討が期待されます。 ます。心房細動は心臓の中で血栓が作られて脳梗塞の 原因となる主要な原因であり、高齢になるほど心房細 (本検討の詳細、結果は J Neurol Sci 2023に掲載さ 動の有病率が増えること、心臓の血栓が原因となる脳 れています) 図:急性期病院退院時の転帰の比較
JSA News 2025年 9月 25日 第 82号 (11) 脳卒中データバンク 2021から 第 16 回 日本脳卒中協会・日本脳卒中学会とデータバンク 日本脳卒中データバンク 代表(国立循環器病研究センター 副院長) 豊田 一則 日本脳卒中データバンク事業( Japan Stroke Data 提供する機会も増え、またデジタル技術が隆盛する現 Bank [JSDB]:http://strokedatabank.ncvc.go.jp ) 代の医学で、企業と協力した AI 研究なども、積極的 の目的の一つは、公的機関、学会、公益団体、企業等 に進めています。 への情報提供を進め、脳卒中医療政策や啓発活動を後 JSDBが協会に貢献できる事柄として、これまでに 押しすることです。その一つとして、日本脳卒中協会 書いたように脳卒中患者とご家族を含めた市民への情 と密接な連携を取っています。 報公開と啓発活動に寄与することが挙げられ、JSA そもそも JSDBの端緒は、日本脳卒中協会前理事長 Newsへの連載もその大事な手段と考えています。ま の山口武典先生が、国立循環器病研究センター(国循) た奇しくも、峰松先生や小林先生をはじめ JSDB に関 在任中の 1999年に行った、厚生科学研究費による全 わった何名もの方々が、その後協会の運営に尽力され、 国規模の急性期脳梗塞個票登録研究「 J-MUSIC 」で、 お二人は現在も JSDBの顧問を務めておられます。協 このデータセットから脳梗塞医学に関する多くの新知 会は JSDBの、心強いパートナーです。 見が得られました。この研究を受けて、1999年から また、日本脳卒中学会との連携も積極的に図ってお 2001年 に か け て JSDBの 前 身 に あ た る「 Japan り、学会の歴代理事長や理事、幹事の先生方に運営委 Standard Stroke Registration Study 」が、小林祥泰 員として、JSDBの運営に参加していただいています。 島根大学前学長(協会の常務理事も務められました) 現在の学会理事長である藤本茂自治医科大学教授も、 が主宰して行われました。当時としては画期的なコン 運営委員のお一人で、学会と JSDBの橋渡し役として ピュータベースの臨床情報登録システムを採り入れて 重要な役割を担っていただいています。政策提言や診 情報収集を効率化し、データベース研究の推進に貢献 療指針の策定にも資する「医療基盤」としての役割を、 しました。2002 年より日本脳卒中協会の「脳卒中デー 今後も JSDBが果たして、学会の諸活動に貢献したく タバンク部門」として JSDBの運営が本格的に開始さ 考えています。 れました。 JSDB の大きな転機は 2015年で、 わが国のナショナルデータベースと してより大きく育てるため、協会か ら国循へ運営が移管されました。国 循移管後の初代 JSDB 代表が、現在 の日本脳卒中協会理事長である峰松 一夫国循名誉院長でした。峰松体制 下で JSDB の公的かつ中立的な運営 体制が確立され、研究倫理に関する 諸問題も解決されました。この後、 JSA News でも毎回ご紹介している ような、全国の多数の脳卒中患者さ んの臨床情報に基づく様々な臨床研 究が公表されました。公的機関の要 望に応じて脳卒中医療情報を適切に 図:日本脳卒中協会や諸団体と日本脳卒中データバンク事業の連携