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December 09, 25
スライド概要
「AI トランスフォーメーション:AIによる企業変革のブループリント」を公開しました。
生成AIの導入が進む一方で、
・ユースケース探索のPoCが続き、P/Lインパクトがなかなかでない
・AI施策に投資をしても、高精度な汎用AIによってすぐ陳腐化する不安が拭えない
・AI投資が競争優位のための「資本」にならない
という課題に多くの企業が直面しています。
経営層やDX推進部に向けて、AIを「持続的な競争優位」に変えるための道筋を解説します。
株式会社松尾研究所のスライドを共有します
株式会社松尾研究所 共同研究チーム AI トランスフォーメーション: AI による企業変革のブループリント 2025 年 12 月 AI トランスフォーメーション:AI による企業変革のブループリント
序文 株式会社松尾研究所は、東京大学大学院工学系研究科松尾・岩澤研究室とビジョンを共有し、大学・ 企業・スタートアップによる産学共創のエコシステムを実現することを目的として誕生しました。 ア カデミアで生み出された先端技術を産業界につなげ、社会実装を通じ得られた知見をまたアカデミア に還元することで、次の時代の礎となる人材・先端技術を育成する、イノベーションのスパイラルを 創出することを目指しています。 AI、特に生成 AI は社会のあらゆる側面を変革し始めており、松尾研究所にも日々多くの相談が寄せら れています。我々は AI のプロフェッショナルとして、様々な企業・自治体に対し AI ソリューション を提供し、成長とイノベーションを支援してきました。人口減少や経済の低迷が続く日本において、 労働生産性を高めイノベーションを加速させることは重要課題の一つであり、AI はその主要な成功要 因の一つだと確信しています。 AI で労働生産性を高めイノベーションを加速させるためには、日本の無形資産(暗黙知)を「AI 資 本」へと変換することが重要です。それは、現場で磨かれてきたノウハウを AI が学習し、継承し、増 殖する仕組みによって、少子高齢化下でも生産性と付加価値を伸ばす“日本型の AI 社会インフラ”を構 築することです。すなわち ・暗黙知を計算可能な資産として企業内外で継承・流通・活用する「AI 資本の社会実装」 を進め、 ・部門・職種・現場ごとに専門特化した多数の小さな LLM/エージェントが協調し、日本の現場力そ のものをデジタルに増幅する 「八百万(やおよろず)の AI」 を実現し、 ・AI を前提として業務フローを再設計し、事業における価値創出プロセスの構造化と判断基準の外化 によって組織全体の知能を底上げする 「AI ネイティブ変革」 を実現していくのです。 日本における AI 活用の現在地を見てみると、日本企業の多くが生成 AI の活用を進める一方で、その 効果が「期待を下回る」と回答した企業の割合も増加しており、「変革の停滞」が浮彫りになってい ます(PwC Japan グループ「生成 AI に関する実態調査」 2025 年春1)。 松尾研究所として様々な企業とやり取りする中でも、多くの企業において、メールの代筆や文書の要 約といった日常業務の補助や全社横断での汎用的なチャットボットの実装など、業務を「点」で捉え た AI 活用に留まっていると認識しています。これらは重要な第一歩ですが、汎用的な AI による形式 知化された業務の効率化に過ぎません。AI による業務改革を実現する上では汎用 AI の利用に留まらな い特化型 AI(Vertical AI)の導入により、企業の競争優位性の源泉である暗黙知や現場力を「AI 資 本」に変換し、組織全体の知能を底上げしていくことが必要です。 1 生成 AI に関する実態調査 2025 春 5 カ国比較 PwC Japan グループ AI トランスフォーメーション:AI による企業変革のブループリント 2
本稿「AI トランスフォーメーション:AI による企業変革のブループリント」は、日本企業がこの停滞 を打ち破るための指針です。各企業のリーダーが自社を成長へ導く際の道しるべとして、本稿をご活 用いただければ幸甚です。 AI トランスフォーメーション:AI による企業変革のブループリント 3
Executive Summary 本稿は、AI によるトランスフォーメーションを目指す企業のリーダーに向け、AI 活用の 4 つのレベル と、既存業務の AI 化が直面する「暗黙知の壁」、そしてそれを超える変革アプローチを解説します。 キーメッセージは、日本企業の暗黙知を AI 資本として蓄積・継承・活用することが、持続的な競争優 位の源泉となるという点です。 AI 活用の 4 レベル レベル AI 活用の具体例 Lvl 1 汎用 AI ツールのライセンス配布(個人の効率化)。日常 (点:汎用 AI) 業務の補助(メール執筆や長文要約など)。 Lvl 2 RAG 等による「1 問 1 答型」の社内チャットボット(単 (点:形式知 AI) 機能の効率化)。 Lvl 3 既存業務のワークフローをそのまま AI エージェント等で (線:既存ワークフローへの AI 適用) 自動化・代替(既存業務プロセスの効率化)。 Lvl 4 Lvl 3 の「暗黙知の壁」を超えるための 2 つのアプロー (面:AI トランスフォーメーション) チ。 ⚫ Lvl 4-1 AI を前提に業務フローを再設計し、属人化されている価 (AI ネイティブ業務変革) 値創出プロセスを形式知化する。 Lvl 4-2 「自社専用 LLM」を基盤とし、「学習」を通じて AI が (暗黙知 AI) 「暗黙知」を直接獲得する。 変革の停滞(Lvl 1, 2, 3): Lvl 1, 2 の「点」での AI 活用は、業務の特定の情報獲得を効率化する のみにとどまり、P/L インパクトに繋がらないことが多いです。Lvl 3 の「既存業務の代替」も形 式知化された業務以外では十分な精度が出せないことが多く、ROI が出る領域はごく一部に限ら れます。 ⚫ 変革の鍵(Lvl 4): 企業の価値の源泉であり、AI により最もパワーアップしたい領域は暗黙知を 含む領域であることが多いでしょう。企業の競争優位性の源泉である暗黙知や現場力を「AI 資 本」に変換していくことが有効です。 ⚫ リーダーへの問い: 非競争領域は Lvl 1, 2, 3 で効率化し、競争領域で Lvl 4-1(ワークフロー変 革)と Lvl 4-2(暗黙知の学習)を使い競争優位性を高めていくべきです。貴社では、どの領域の 暗黙知を AI 資本として蓄積・継承・活用し、どこに Lvl 4 型 AI(4-1/4-2)を組み込みますか? その戦略設計こそが、これからの AI トランスフォーメーションの成否を分けます。 AI トランスフォーメーション:AI による企業変革のブループリント 4
AI 活用の 4 レベルと変革のポイント 企業の AI 活用は、その成熟度に応じて 4 つのレベルに分類できます。 Lvl 1:汎用 AI の「点」活用(実験期) 個々の社員が ChatGPT のような汎用 AI を「点」で利用し、メール作成や情報収集を効率化する段階 です。 • 現在地: PwC Japan グループの「生成 AI に関する実態調査」1 によれば、56%の企業が何かし らの AI 活用を会社として取り組んでいます(売上高 500 億円以上の企業が「社内で生成 AI を 活用中」または「社外に生成 AI サービスを提供中」と回答した割合)。 Lvl 2:形式知 AI(RAG)の導入(単機能効率化) 社内文書やマニュアルといった「形式知」を RAG 技術で AI に読み込ませ、社内問い合わせ用チャッ トボットなどを作る段階です。 • 課題: その多くは「単純な 1 問 1 答」のユースケースです。AI は「教科書(マニュアル)」に 書かれていることを主にテキストで答えるという情報提供ソリューションとして活用され、特 定の作業効率化に留まりがちです。 Lvl 3:既存ワークフローへの AI の導入(既存業務の AI による自動化) AI 活用を「点」から「線」へと引き上げる段階です。既存の業務プロセスを AI エージェント等で自動 化・代替します。 • 現在地: 株式会社 PKSHA Technology と松尾研究所の調査2では、AI エージェントの導入企業 はまだ 12%に留まります(AI ツールを導入した実績がある従業員 500 名以上の企業の管理職 2 万人を対象に調査。AI エージェントの定義は「目的を理解し自律的にタスクを自動処理・実 行する AI」)。 • 内容: 既存業務の手順書(形式知)に基づき、RAG、各種ツール操作、データ検証などを組み 合わせ、ワークフローを AI が実行します。 • 限界(暗黙知の壁): この AI は、例えるなら「社内の教科書(形式知)をすべて暗記してい るが、実務経験(暗黙知)はゼロの優秀な新入社員」です。マニュアル化されていない不測の 事態や、行間を読む必要のある業務(=暗黙知を含む業務)に対応できないという精度課題が あり、従来の RPA の延長に位置づけるべき機能です。 Lvl 4:真の AI トランスフォーメーション(「暗黙知の壁」を超える) 2 PKSHA・松尾研究所 共同調査 AI トランスフォーメーション:AI による企業変革のブループリント 5
Lvl 3 の「暗黙知の壁」を超えるには、2 つのアプローチが存在します。これらは優劣ではなく、状況 に応じて適切に選択するべきものです。新入社員に任せられる形式知化された仕事は Lvl 3 の AI で対 応させ、Lvl 4 の AI はより高度な仕事を任せるための AI として位置付けられます。 Lvl 4-1:AI ネイティブな業務プロセスによる変革(暗黙知の解消) • アプローチ: Lvl 3 では既存の業務をそのまま AI によって自動化・代替しようとしますが、高 度な業務であればあるほど自動化は難しくなります。そこで、Lvl 4-1 は AI の能力を前提に、 業務フロー自体を抜本的に再設計することで、AI で自動化・代替できる範囲を増やします。 • 内容: 属人化されている価値創出プロセスを形式知化・構造化し、AI が実行可能なワークフロ ーに組み込むことで暗黙知そのものを解消します。ワークフローを定義するために、AI 技術と 業務の双方に深い理解をもつ担当者が業務フローの再設計を行い、判断基準を外化していくこ とが重要です。 Lvl 4-2:学習による暗黙知の獲得(競争優位性のある AI の獲得) • アプローチ: Lvl 4-1(業務再設計)が困難、あるいはコストに見合わない領域(例:ベテラン の検品ノウハウ)に対し、AI が暗黙知を直接学習するアプローチです。 • 内容: Lvl 3 が「外」の教科書(形式知)を参照するのに対し、Lvl 4-2 はベテランの行動ログ といった「経験データ」を AI 自体が学習し、AI 自身の振る舞い(モデルのパラメータ)を更 新します。これはいわば、AI に「OJT(On-the-Job Training)」を受けさせ「ベテラン社 員」に育てる行為です。 このような Lvl 4-1 と Lvl 4-2 の取り組みを、部門・職種・現場ごとに適用していくことで、組織内 には専門分化した多数の AI が共存することになります。これこそが、社内の無形資産を多元的にア セット化していく 「八百万(やおよろず)の AI」 の姿と言えます。 AI トランスフォーメーション:AI による企業変革のブループリント 6
戦略的岐路:AI 戦略を検討する上での 2 つの本質的な問い Lvl 4 を目指す上で、企業のリーダーは 2 つの本質的な問いに直面します。 問い 1:自社独自の AI に暗黙知を学習させても、最新の汎用モデルが出たら無意味になるのではない か? 「時間をかけて社内で暗黙知 AI を育てても、1 年後に登場する GPT-6(仮)のような超高性能な汎用 モデルに性能で劣ってしまうのではないか?」という懸念を抱くかもしれません。しかし、これらは 二者択一ではなく、「共存させ、組み合わせる」べきです。 どれほど優秀な中途社員や、並外れた IQ を持つ新入社員(=最新の汎用モデル)を採用したとして も、企業の独自ルールや長年培ったノウハウを教え込む「OJT(On-the-Job Training)の仕組み」が なければ、彼らが実力を発揮することは不可能です。企業の文脈を知るプロセスがなければ、真の活 躍が難しいのは人間も AI も同じです。 自社のデータや暗黙知を学習させるプロセスを持たない企業は、「OJT のない会社」のようなもので す。これでは、いつまでたっても自社に最適な価値を生み出すことはできません。 最適解は、「最新の賢い脳」を基礎能力として採用しつつ、競争優位の源泉となる領域に対しては自 社独自の「知識統合プロセス」を適用することです。 例えば 1 年後に、GPT-6(仮)という「非常に 賢い新入社員」が登場した際、自社独自のプロセスを持つ企業は、その「最新の賢い脳」に自社の暗 黙知を即座に参照・学習させ、競合他社が持ち得ない「超有能なベテラン」へと進化させることがで きます。 重要なのは、いつ天才的な AI が登場しても、即座に自社の色に染め上げられる準備ができ ているかどうかです。 問い 2:どのように「AI 資本」を獲得するか? Lvl 4-2 で定義した「学習」とは、AI モデル自体の「振る舞い(パラメータ)」を、自社の「暗黙知 (経験データ)」に基づいて継続的に更新(Fine-tuning や強化学習)する行為です。こうした学習を 通じて、AI は単なる汎用モデルから、自社固有の判断基準やクセを備えた「ベテラン社員」へと近づ いていきます。一方で、外部の特定企業が提供する汎用的な AI サービスは、そのモデルの「パラメー タ」自体を直接的かつ継続的に更新することを原則として許していません。 AI ネイティブな業務プロセスを構築し、価値創出プロセスを形式知化・構造化すること(Lvl 4-1) は、暗黙知を AI に継承し、再利用・増殖していくための重要な仕組みと言えます。これに加えて、AI がそのような外化されたワークフローや判断基準を参照するだけでなく、「経験(暗黙知)」そのも のを学習し、AI 自体を「ベテラン社員」に育てていく(Lvl 4-2)ためには、モデルのパラメータにア クセスできる「自社専用 LLM」が不可欠となります。AI ネイティブな業務プロセスと自社専用 LLM を両輪として整備し、自社の暗黙知を継承・蓄積していくことこそが、「AI 資本」を獲得するうえで 重要です。 AI トランスフォーメーション:AI による企業変革のブループリント 7
この「自社専用 LLM」は全社で一つに集約する必要はありません。むしろ、部門ごと、あるいは機能 ごとに専門分化させた AI を複数獲得し、いわば「八百万(やおよろず)の神」のように社内の無形資 産を AI 資本化していくことが、コストと実効性の両面で現実的なアプローチになると考えられます。 さらには、より優れた公開モデルが登場したときに、それを土台として迅速に「OJT を施せる」よう な学習データと学習環境を自社内で掌握しておくことも重要です。 なお、この「自社専用 LLM(=領域特化型 LLM)」の構築・学習というアプローチは、単なる一企 業の戦略に留まりません。経済産業省が推進する国産 LLM の開発や、各産業領域における特化型 LLM の推進という国家戦略とも合致するものです。これは API ビジネスを中心とする海外プラットフ ォーマーとは異なる、日本の産学官が連携して進めるべきアプローチであると考えます。 AI トランスフォーメーション:AI による企業変革のブループリント 8
日本企業のリーダーへの提言 経営層には、以下の決断が求められます。 1. 経営陣によるトップダウンでの推進: Lvl 3(ワークフローAI の導入)、Lvl 4-1(AI ネイティブ・ワ ークフローによる変革)、Lvl 4-2(学習による暗黙知の獲得)のいずれの実現も、現場のボトムアッ プだけでは不可能です。様々な調査レポートにおいて、日本企業は経営陣がリードする AI 活用の点で 他国に遅れを取っていると指摘されています。AI を前提としたワークフローの導入や、Lvl 4 への戦略 的投資の判断は、社長や CAIO といった経営陣がトップダウンで推進することが不可欠です。ここで 重視すべきは、P/L インパクトのある AI 資本の形成と、その安全・公正な運用を経営課題として位置 付けることです。 2. 事業領域の見極め: 全ての業務で Lvl 4 を目指す必要はありません。まず、「非競争領域」と「競争 領域」を見極めることが重要です。非競争領域(例:定型的なバックオフィス業務)は、Lvl 1, 2, 3 の 効率化や SaaS 導入が有力です。また、暗黙知を学んだ Lvl 4 の AI と、形式知を適切に参照できる Lvl 3 の AI を組み合わせた統合的な AI 活用も必要となるでしょう。 3. AI 戦略の策定: 競争領域については、Lvl 1, 2, 3 の効率化に留まれば、いずれコモディティ化の波に 飲まれます。継続的な競争優位を築くために、自社として獲得するべき AI 資産を見定める必要があり ます。Lvl 4-1(AI ネイティブ・ワークフローによる変革)や Lvl 4-2(学習による暗黙知の獲得)、あ るいはその両方を組み合わせて事業を変革していく AI 戦略が求められています。 AI トランスフォーメーション:AI による企業変革のブループリント 9
おわりに 本稿では、AI 活用の 4 つのレベルを定義し、多くの企業が直面する Lvl 1, 2,3 における「暗黙知の 壁」による効率化の停滞と、そしてそれを超える Lvl 4 の「AI ネイティブな業務プロセスによる変 革」と「学習による暗黙知の獲得」の可能性を示しました。 日本企業の真の強みである「暗黙知」を AI に継承させる挑戦は、容易な道ではありません。それは、 単にツールを導入することではなく、AI を学習させるプロセスそのものを「自社専用 LLM」と共に構 築し、自社の無形資産を AI 資本として積み上げていくという、長期的な戦略的投資を意味します。こ の「暗黙知の壁を越えた AI」への戦略的投資こそが、日本企業が培ってきた現場の暗黙知を、模倣困 難な競争優位の源泉として再構築する鍵となると考えます。そして、部門・職種・現場ごとに専門分 化した 「八百万(やおよろず)の AI」が協調し合い、安心・安全・公正なガバナンスのもとで運用さ れるとき、日本の現場力はそのまま AI 社会インフラとして再現されていきます。 松尾研究所は、日本企業が AI トランスフォーメーションを成し遂げ、再び世界を驚かせるような成長 を遂げることを期待し、その実現を全力で支援します。 株式会社松尾研究所 共同研究チーム AI トランスフォーメーション:AI による企業変革のブループリント 10